tontonの終わりなき旅

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『光と影の誘惑』貫井徳郎

光と影の誘惑 (創元推理文庫)

光と影の誘惑 (創元推理文庫)


銀行の現金輸送車を襲い、一億円を手に入れろ―。鬱屈するしかない日常に辟易し、二人の男が巧妙に仕組んだ輸送車からの現金強奪計画。すべてはうまくいくかのようにみえたのだが…。男たちの野望が招いた悲劇を描く表題作ほか、平和な家庭を突如襲った児童誘拐事件、動物園での密室殺人など、名手・貫井徳郎が鮮やかなストーリーテリングで魅せる、珠玉の中編ミステリ4編。

貫井徳郎さんといえば重厚なミステリの書き手というイメージですが、短編や中編のレベルも高いと思います。
この『光と影の誘惑』はそんな貫井作品の魅力をたっぷり味わえる良質な中編集です。


誘拐事件をテーマにした「長く孤独な誘拐」、サンフランシスコの動物園を舞台にした密室殺人事件を描いた「二十四羽の目撃者」、競馬場で知り合った2人の男の犯罪の顛末を描く「光と影の誘惑」、父の死をきっかけに母の意外な過去が明らかになる「我が母の教えたまいし歌」。
収録されている4編はテーマも登場人物もバラバラで、非常にバラエティ豊かな作品集と言えるかもしれません。


個人的にはこの作品の前に読んだのが誘拐事件を扱った『造花の蜜』(連城三紀彦さん)ということもあり、同じ誘拐事件をテーマにした「長く孤独な誘拐」に興味を引かれました。
造花の蜜』もかなりひねりのある誘拐事件でしたが、こちらもひねりが効いています。
主人公は中堅の不動産会社の平社員で、多額の身代金が払えるような裕福な家庭ではありません。
ところが最愛の息子を誘拐され、身代金の代わりに要求されたのは、別の子どもを誘拐して身代金を奪うことでした。
犯人の巧妙な手口と凶悪さに舌を巻くこの事件、真犯人の正体には驚かされましたが、後味は悪いです。
この後味の悪いブラックな物語が貫井さんの持ち味とも言えますが、被害者が子どもなだけに、後味の悪さは格別でした。


「二十四羽の目撃者」はコメディー調で、最後のオチも決まっていて面白いのですが、ちょっと他の作品とは毛色が違いすぎて浮いているような気もしました。
貫井さんの器用さの表れといえばそうなのでしょうが。
「光と影の誘惑」はラストのある仕掛けが効いていますね。
一瞬意味が分からず、思わず前のページに戻ってしまいました。
これは貫井さんらしいダークさのある作品だと思います。
そして最後の「我が母の教えたまいし歌」は、母親の意外な過去が少しずつ明らかになっていく過程にドキドキし、ページを繰る手が止められませんでした。
最後のどんでん返しは途中で想像できてしまいましたが、それでも鮮やかなラストだったと思います。


どの作品も最後にどんでん返しが用意されていて、適度なボリュームの中にミステリの魅力が十分詰まっています。
貫井さんの作風や持ち味を知る入門編としてもよい作品集ではないかなと思いました。
☆4つ。