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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『夜の国のクーパー』伊坂幸太郎


目を覚ますと見覚えのない土地の草叢で、蔓で縛られ、身動きが取れなくなっていた。仰向けの胸には灰色の猫が座っていて、「ちょっと話を聞いてほしいんだけど」と声を出すものだから、驚きが頭を突き抜けた。「僕の住む国では、ばたばたといろんなことが起きた。戦争が終わったんだ」猫は摩訶不思議な物語を語り始める―これは猫と戦争、そして世界の秘密についてのおはなし。

これまた伊坂さんらしいというか、伊坂さんにしか書けなさそうというか、何とも独特の世界観を持った作品です。
主人公はどうやら仙台に住んでいたらしい40代の男性公務員なのですが、港から船に乗ったらどこかよく分からない場所に流され、そこで人間の言葉をしゃべる猫に遭遇し、その猫からある国の戦争の話を聞くというストーリー。
仙台は出てくるけれど、基本的には異世界のことを描くファンタジーなのかな?と。
物語世界に入り込むのに少し時間がかかりましたが、情景などが頭の中で思い描けるようになれば、後はいつもの伊坂ワールド、という感じで楽しめました。


伊坂さんの初期の作品『オーデュボンの祈り』を髣髴とさせるような、ハイファンタジーと言えるほどではないけれど、ファンタジー要素のある世界観を楽しんでいるうちに、戦争のこと、政治のこと、民衆のあり方など、読者が生きる現実世界に物語世界を照らし合わせていろいろと考えることができます。
ネタバレになりそうなので詳しく書くことはできませんが、物語の語り手である猫のトム君がいた国で起こったさまざまなできごとの意味や、クーパーという謎の生物の正体などに、考えるためのヒントや手がかりがうまく散りばめられているという印象です。
私がこの作品を読んで一番強く感じたことは、物事をあるがままに捉え、素直に受け入れてしまうことの恐ろしさでした。
自分の周りで起きていることについて、目に見えていること、他の人々が話していることが、本当に正しいのか。
この作品はミステリ要素を持った作品でもありますが、謎は謎のまま放っておいてはいけないのです。
まずは物事をそのまま受け取るのではなく、疑問を持ってみること。
そして少しでも疑問に思ったならば、その疑問を解消すべく努力すること。
自分には関係ないから別にいいや――そんな無関心な姿勢が、いつか取り返しのつかない事態を招くかもしれない。
「関係ない」と思っているのは間違いで、実は自分や自分の周囲の人にも多大な影響があるかもしれない。
関心を持つことによって、分からないこと・知らないことを知ろうとする。
それが、最悪の事態を事前に回避することにつながる唯一の方法なのだと思いました。


もうひとつ、この作品で魅力的に感じたのは、猫たちの描写でした。
特にネズミを追いかけるところの描写はとても生き生きとしていて、猫を飼ったことはない私ですが、猫ってこんな動きだよねと納得できるようなリアリティにあふれていました。
人間たちのそばをうろうろして、人間に食べ物をもらって生きているにもかかわらず、人間のやっていることに関してはどこか他人事というか、突き放した感じで見ているところも、いかにも猫らしいと思えます。
その一方でマンガ(アニメ)的な描き方をされている部分もあり、猫のかわいらしさやユーモラスな雰囲気もしっかり味わえて、伊坂さんの猫に対する愛情がうかがえました。
敗戦により敵国に支配されることになるという不穏な空気漂う舞台でありながら、雰囲気は重くなく、むしろ適度な軽さと柔らかさが感じられるのは、猫たちの存在のおかげだろうなと思います。
ネズミたちとのやり取りも面白かったです。


少しとっつきにくさは感じるものの、読み進めるうちにどんどん面白くなっていきました。
たくさんの示唆に富んでいて、それでも説教臭くはならないのが伊坂作品のよいところだと思っていますが、この作品にはまさにそういう伊坂作品のよさが存分に表れていると思います。
☆4つ。