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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『御手洗潔と進々堂珈琲』島田荘司

御手洗潔と進々堂珈琲 (新潮文庫nex)

御手洗潔と進々堂珈琲 (新潮文庫nex)


京都の喫茶店「進々堂」で若き御手洗潔が語る物語(ミステリー)。進々堂京都大学の裏に佇む老舗珈琲店に、世界一周の旅を終えた若き御手洗潔は、日々顔を出していた。彼の話を聞くため、予備校生のサトルは足繁く店に通う――。西域と京都を結ぶ幻の桜。戦禍の空に消えた殺意。チンザノ・コークハイに秘められた記憶。名探偵となる前夜、京大生時代の御手洗が語る悲哀と郷愁に満ちた四つの物語。『進々堂世界一周 追憶のカシュガル』改題。

これも実は収録作品のうちのひとつ「戻り橋と悲願花」をすでに「Story Seller」で読んでいました。
そのため大体の雰囲気は分かっている状況で読みましたが、何も知らずに読んでいたら、ちょっと面食らっていたかもしれません。
というのも、この作品は「御手洗潔」シリーズでありながら、本格ミステリに分類されるようなものではないからです。
京大医学部に所属する若き日の御手洗が、京大を目指して勉強中の浪人生に対し、自分が海外放浪で見聞きした話を語るというもので、それぞれの話はそれなりに「謎」や「不思議」を含んではいますが、いわゆる謎解きものではありません。
そういう意味では、この作品は「御手洗潔」シリーズの番外編だと言えると思います。


そんなわけで、本格ミステリを期待して読むと肩すかしでがっかりしてしまうかもしれませんが、私は最初からミステリ要素はあまりないものと思って読んだので、それなりに楽しめました。
個人的に外国にまつわる話というのは好きですし、近現代の歴史が絡んでくるのも興味深かったです。
「Story Seller」で既読だった「戻り橋と悲願花」の再読も印象的でしたが、今回は「追憶のカシュガル」が一番強く印象に残りました。
カシュガルという地になじみがなく、地理的にどの辺りのことなのかすらよく分からない空っぽの状態で読んだので、より好奇心を刺激されたように思います。
シルクロードというとなんとなくロマンをかきたてられますが、この話で語られるのは、地理的に重要な位置にあったからこそ大国の政治的・軍事的思惑から逃れられなかったカシュガルという地の宿命と、そこに生まれ育った人々の数奇な運命という、短編ではもったいないような重厚なテーマを扱う物語です。
「戻り橋と悲願花」でも戦争に翻弄された姉弟の悲劇が語られますが、人間の歴史とは戦争の歴史でもあるのだなと改めて思いました。
御手洗が世界を放浪してこれらの話を聞いたのは1970年代でしょうか。
その頃はまだ太平洋戦争の記憶も傷跡も生々しく残っていたのでしょうし、世界を知ることは戦争の歴史をたどることとほぼイコールでもあったのだろうと思います。
どの国が悪いとかそういうことではなく、個人の能力や人格などにも関係なく、ただただ生まれた場所や時代によって人生を左右される理不尽と悲劇に胸が詰まりました。


かなり重いテーマを孕んだ話が多く、思いがけず読み応えはありましたが、やっぱり御手洗潔が主人公として登場するなら、ミステリを読みたかったなぁという気持ちは否定できません。
このシリーズのもうひとりの主人公とも言える、石岡君が登場しないのもさみしいですね。
ただ、彼岸花や桜に関するうんちく話は面白く、特に桜の話はちょうど桜のシーズンに読めてよかったなと思いました。
京都育ちの私には、なじみのある京都の地名がたくさん出てくるのも楽しかったです。
そういえば嵐山の「琴ぎき茶屋」は『占星術殺人事件』にも登場したなと思い出して、にやりとしたりもしました。
……あれ、なんだかんだでやっぱり楽しい読書だったのかも?
☆4つ。