tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『64 (ロクヨン)』横山秀夫

64(ロクヨン) 上 (文春文庫)

64(ロクヨン) 上 (文春文庫)

64(ロクヨン) 下 (文春文庫)

64(ロクヨン) 下 (文春文庫)


元刑事で一人娘が失踪中のD県警広報官・三上義信。記者クラブと匿名問題で揉める中、“昭和64年”に起きたD県警史上最悪の翔子ちゃん誘拐殺人事件への警察庁長官視察が決定する。だが被害者遺族からは拒絶され、刑事部からは猛反発をくらう。組織と個人の相克を息詰まる緊張感で描き、ミステリ界を席巻した著者の渾身作。

横山秀夫さんの著作を読むのは本当に久しぶりです。
半落ち』『出口のない海』『クライマーズ・ハイ』『震度0』――どれも面白かったので、また横山さんの長編を読みたいと思っていましたが、体調を崩されたりいろいろ大変だったようで。
長い空白の時を経てようやく読めたこの作品はまさに渾身の一作と言えるもので、横山さんの完全復活を高らかに宣言していました。


とは言え、実は読み始めてからしばらくは、ちょっと苦痛を感じながら読んでいたというのが正直なところ。
D県警の広報官を務める刑事畑出身の三上が主人公ですが、刑事部と警務部の対立や、東京と地方との対立や、警察内部の権力闘争などなど、完全に男社会の警察組織で起こるごたごたの数々に辟易しました。
どんな組織にも人間関係のいざこざや嫉妬や足の引っ張り合いなど、ある程度は存在するものだと思いますが、横山さんの作品ではそうした側面が特に強調されて描かれているような印象があります。
思い出してみれば『クライマーズ・ハイ』でも、新聞社内部のごたごたの連続の描写を少々苦手に感じたものでした。
実際の警察が本当にこうしたぎすぎすして風通しの悪い組織なのかどうか、私は詳しいことを知りませんが、一般市民の立場からしてみると、立場や職務が違っても、同じ警察官同士ならもう少し協力し合って事件の解決や治安の維持に集中してよと苦言を呈したくなります。


しかも、物語の全体像がなかなかつかめず、もやもやしたフラストレーションも溜まります。
刑事部を離れて警務部へ異動したことで刑事たちからは敵視され、刑事部に心を残しているがために警務部でもなかなか味方を得られないという三上の孤独で微妙な立場では、捜査中の事件に関しても警察内部で起こっている(起ころうとしている)ことに関しても、部分的な情報しか入ってこないのです。
だから三上がそうであるのと同じように、読者にも話がどこへ転がっていくのかが読めません。
何か大変なことが起きている、あるいは起ころうとしているということは感じられるものの、それが何なのかがなかなかはっきりせず、焦れながらただ読み進めるしかないという時間がしばらく続きました。


が、それだけに物語の4分の3が過ぎた辺り、核心に向かって急展開を始めたところからの怒涛のカタルシスは、それはもうすごかったです。
それまでずっと靄がかかってはっきりしなかった視界が、急にさーっと晴れたような感覚。
単に警察組織の複雑さや腐敗ぶりを、三上の個人的事情も交えながらひたすら描き続けているだけのように見えていた物語の中に、作者が丹念に巧妙にいくつもの伏線を張っていたのだということを悟って、「やられた!」という心地よい悔しさを味わいました。
この感覚こそ、ミステリを読む最大の醍醐味。
本作品が各種ミステリランキングで軒並み高評価を得たのも納得です。


謎は解けても事件が完全に解決したわけではなく、三上の本当の闘いもこの作品のラストから始まり、たくさんの困難が待ち受けていることが予想される結末なのですが、それでも読後感はとても気持ちのよいものでした。
報道官の職責を果たそうとしながら刑事職に未練を残していた三上の迷いも晴れ、爽快さすら感じました。
どんな絶望的な状況にあっても希望を持ち続けること、自分が置かれた環境で精いっぱい生きることの大切さを感じ、自分も頑張ろうというような気持ちにもさせてくれ、読み終わってみれば最初に感じた苦痛などきれいに消えて、ただただ面白かった、すごい作品を読めたという感覚だけが残っていました。
☆5つ。