『シアター！』有川浩

シアター! (メディアワークス文庫)

小劇団「シアターフラッグ」―ファンも多いが、解散の危機が迫っていた…そう、お金がないのだ！！その負債額なんと300万円！悩んだ主宰の春川巧は兄の司に泣きつく。司は巧にお金を貸す代わりに「2年間で劇団の収益からこの300万を返せ。できない場合は劇団を潰せ」と厳しい条件を出した。新星プロ声優・羽田千歳が加わり一癖も二癖もある劇団員は十名に。そして鉄血宰相・春川司も迎え入れ、新たな「シアターフラッグ」は旗揚げされるのだが…。

ちょっと変形版のお仕事小説、でしょうか。
有川さんが描く「プロフェッショナル」はみんな本当にプロで、しかも楽しそうに仕事しているから、とても気持ちよく読めるのが素晴らしいです。

そこそこの人気がある小劇団「シアターフラッグ」。
この劇団の最大の弱点は、お金がないこと。
これまで経理業務をひとりで担っていた制作担当に逃げられ、残った負債300万を返すため、変革を迫られたシアターフラッグの主宰兼脚本家の春川巧は、兄の司に借金を申し込みます。
司が300万円を貸す代わりにシアターフラッグに突き付けた条件は、その300万を2年で返済すること、それが叶わなければ、劇団を解散するということでした。
これまで、小劇団というのは貧乏なものだ、ただ楽しければいいという考えでいた劇団員たちは、司が課した厳しい条件をクリアするため、利益をあげられる集団に生まれ変わるべく奮闘し始めますが…。

いろんなドラマやら小説やらに「売れない役者」というキャラクターが出てくることからも明らかですが、芝居は儲からないものというイメージは日本人の共通認識になっているのではないでしょうか。
この小説は、そんな固定観念に真っ向から挑戦するものです。
経費を徹底的に切り詰め、脚本内容や小道具、衣装に至るまでお金がなるべくかからないように工夫することで、なんとかして収益を出そうとする劇団員たちの奮闘ぶりが見ものです。
この、固定観念だとか常識に疑問を投げかけ、それを打ち破ろうと創意工夫する姿勢が好きだなぁ。
演劇だけではなく音楽にしろ美術にしろ、どうも芸術は儲からないというイメージがついて回っているような気がします。
そして、そうした芸術によって「お金を儲ける」という行為は、どこか嫌悪されている部分もあるような気がするのです。
ですが、現実的なことを考えれば、お金にならなくてもいいだとか、よい作品を作りさえすればそれでいいだとかいう考え方は、きれいごとにすぎないのではないでしょうか。
当たり前のことですが、人間が生きていくためにはお金が必要です。
そして、それだけではなく、芸術の道を極めるためにもお金は必要なのです。
自分が好きなことだけをやって食べていければそれに越したことはありませんが、現実には好きなことを長く続けていくためには、ある程度お金を儲けようという視点で作品作りをすることも必要だと思います。
やりたいことをやりながらお金も儲かるというのが理想的ですが、なかなかそうはいかないからこそ、やりたいこととお金のこととを切り離して考えなくてはならないのだと思います。
この作品はそういう現実にきちんと向かい合っている。
そして、どうすれば収益をあげられるかを、真剣に考えている。
だから読んでいて気持ちがいいのです。

もちろん、お金のことだけではなく、演劇の面白さもちゃんと伝わってきました。
仲間が力を合わせてひとつのものを作り上げる楽しさ、本当に好きなことを追い求める喜び。
学生のサークル活動っぽいノリだったシアターフラッグでしたが、そこに部外者だった司が経理担当として関わってくることによって、お金のこともちゃんと考えようという大人の集団へと生まれ変わっていく様子が本当に楽しかったです。
そこにはシビアな現実だけじゃなくて、ちゃんと夢もロマンもある。
なかなか演劇だけで食べていくのは難しいことでしょうが、好きなことをやっている人たちの姿は輝いて見えて、社会人としてはとてもうらやましい気持ちになりました。
まずそこまで入れ込めるものがあるというのがうらやましいですね。
ただの趣味で片づけられがちなものを、趣味を超えたものにしていこうというのがまたうらやましいです。
自分にそんなものがあるかなと考えると…思いつきませんから。
いつの間にか、自然にシアターフラッグを応援する気持ちになっていました。
夢を追っている人、頑張っている人、実力のある人。
有川さんは、そういう人たちの輝きを描くのがうまい作家さんだと思います。

登場人物のキャラ立ちについても定評のある有川さんですが、この作品では司が好きかな。
「鉄血宰相」とのニックネームを頂戴するほど、徹底的に厳しく劇団の運営に首を突っ込む司ですが、なんだかんだ言いながらその裏ではシアターフラッグと弟の巧に対する愛情がしっかり感じられるところがいいです。
まずは上々の再スタートを切ったシアターフラッグ、2年で300万円返済という厳しい条件をクリアできるのか、気になるところで続けて2巻を読み始めます。
☆4つ。