tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『Never Let Me Go』 Kazuo Ishiguro

Never Let Me Go

Never Let Me Go


『日の名残り』『私たちが孤児だったころ』で高い評価を得た作家が送る、感動的な小説。心に残る友情と愛の物語の中で、世界と時間を巧みに再創造してみせる。
現在31歳のキャシーは、イギリスの美しい田園地方ヘールシャムの私立学校で、子ども時代を過ごした。そこでは子どもたちは外界から保護され、自分たちは特別な子どもで、自分たちの幸せは自身だけでなく、やがて一員となる社会にも、非常に重要だと教えられていた。キャシーはこの牧歌的な過去とはずいぶん昔に決別したが、ヘールシャム時代の友人二人と再会して、記憶に身をまかせることにする。
ルースとの交友が再燃し、思春期にトミーに熱を上げた思いが恋へと深まりはじめる中、キャシーはヘールシャムでの年月を思い返す。外界から隔絶された穏やかさと心地よさの中、少年少女がともに成長する幸せな場面を、彼女は描写する。だが、描写はそんな場面だけではない。ヘールシャムの少年少女育成のうわべに隠れた、暗い秘密を示唆する不調和や誤解。過去を振り返ってはじめて、3人は自分たちの子ども時代と現在の生き方の真実が見え、それに対峙せざるを得なくなる。
『Never Let Me Go』は単純に見える物語だが、そこに徐々にあらわにされていくのは、驚くべき深さで共鳴する感情だ。カズオ・イシグロの最高作にあげられるだろう。

ブッカー賞受賞作家のカズオ・イシグロさんの作品『わたしを離さないで』の原書です。
日本でも「キノベス」(紀伊國屋書店のおすすめ本ランキング)で1位になったり「このミス」にランクインしたりして話題になった作品であり、すでに翻訳版が文庫化されているので、いまさら原書で読まなくても…という感じではありますが、とある雑誌のインタビューでイシグロさんの言葉を読んで、この作品は絶対原書で読みたいと思っていました。
実際に読んでみて、やっぱり原書で読んで正解だったと思いました。


物語は主人公の31歳の女性・キャシーが、イギリスの地方にあるとある寄宿学校「へールシャム」で過ごした日々を振り返るというもの。
構成としては単純であり、ずっとキャシーの一人称で話が進むので、非常に分かりやすいです。
特に物語前半はへールシャムでの学校生活の描写が主になっていて、同じイギリスの寄宿学校ということで「ハリー・ポッター」シリーズのような感覚で楽しく読めます。
けれども、へールシャムがどうやら「普通の」学校ではないらしいということ、キャシーたちへールシャムの生徒たちには何か特別な部分があるらしいということなど、いくつかの謎がぼんやりとほのめかされており、読み進むにつれて少しずつ衝撃の事実が明かされていきます。
と言っても筆致はあくまでも淡々としていて、中盤に突然登場するある衝撃的な単語すらボーっとしていたらうっかり読み飛ばしてしまいそうなほど、一人称で書かれているわりには全く感情的にならずに抑制の効いた文章が続きます。
序盤から全編に散りばめられたいくつかの謎が徐々に真実を浮かび上がらせていくという展開はとても好きな展開なのでワクワクしながら読んだと同時に、明かされた真相に胸が詰まるような気持ちを覚えました。
キャシーたちへールシャムの生徒たちは特殊な事情の下に生まれ育っているわけですが、それでも彼らが直面する運命はそれほど特殊なものではなく、むしろ普遍的なもののように思えました。
逃れられない運命と対峙しなければならないと分かった時にどのように対処するか、自分に与えられた環境の中でどのように生きるか…こういった問題は、ほとんど全ての人が人生の中で直面するであろう問題だからです。
そして、「将来こうなりたい」と願った子ども時代のキラキラ輝くような夢が、現実とは程遠いものだったと思い知らされる瞬間の痛みも、きっと誰もが多かれ少なかれ経験するものだから。
情景描写も光と影のコントラストが印象的で、特にラストシーンの美しさ、切なさ、胸苦しさはまさに圧巻でした。


謎の多い作品だからこそ、母語ではない言語で読めてよかったと思います。
「donor」「donation」「donate」といった単語が頻繁に登場しますが、一体何を「寄付」するのか、いやいや、そもそも辞書に載っている訳語に単純に置き換えてしまってよいものなのか…と想像力をかき立てられ、いろいろ考えながら読みました。
英語はかなり平易です。
構文も単純なものばかりだし、あまり長い文も出てこないし、特に語彙は非常に簡単。
大学入試レベルの語彙力があれば十分読みこなせると思います。
特殊な言葉が出てこない分、もしかしたら「ハリー・ポッター」の原書よりも読みやすいかも…。
原書に挑戦してみたいけれどどんな作品を読めばいいか分からない…という方にはぜひおすすめの1冊です。
原書で読むときに気をつけるべき点は時制でしょうか。
31歳の主人公キャシーが過去を振り返って語っている文章なので、現在形なのか過去形なのか過去完了なのかしっかり確認して理解しておかないと、出来事の時系列が分からなくなって混乱してしまいます。
時制が苦手な人にはよい訓練になるかもしれません。
翻訳版と並べて読み比べるのもいいかもしれないですね。
私も翻訳版も読んでみたくなりました。
「possibility」とか「completed」とか、簡単な単語なんだけど日本語に訳す場合はどんな言葉を当てはめたらしっくりくるかなぁと気になる部分も多々あったので。
英語の勉強という点でも、なかなかよい読書ができました。
☆5つ。