tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『探偵伯爵と僕』森博嗣

探偵伯爵と僕 His name is Earl (講談社文庫)

探偵伯爵と僕 His name is Earl (講談社文庫)


もう少しで夏休み。新太は公園で、真っ黒な服を着た不思議なおじさんと話をする。それが、ちょっと変わった探偵伯爵との出逢いだった。夏祭りの日、親友のハリィが行方不明になり、その数日後、また友達がさらわれた。新太にも忍び寄る犯人。残されたトランプの意味は?探偵伯爵と新太の追跡が始まる。

講談社が「かつて子どもだったあなたと少年少女のため」と銘打って刊行中の書籍シリーズ「ミステリーランド」の中の1作品です。
ミステリーランドは文庫化はしないという話が当初あったような気がするのですが、こうしてまず森博嗣さんの作品が講談社文庫から刊行されました。
他の作品もいつか文庫化してくれるとうれしいのですが。


さて、森博嗣さんといえばちょっと独特の文体や会話文でおなじみです。
実は私はそれがちょっと苦手で(あと女性キャラがどうもあまり好きになれないというのもあって)、『すべてがFになる』を読んだ後はなんとなく森作品を避けてきたのですが、『探偵伯爵と僕』は子ども向けということを念頭に置いて書かれた作品であるせいか、そういった文体のくせもあまり気にならず、読みやすくなっていると思いました。
それでも「ハンバーガ」など独特の表記法は健在ですので、ファンの方もいつもの森ミステリィとして楽しめるのではないかと思います。
また、国語が苦手だと言いながらことわざや慣用句を多用する主人公の少年、新太(あらた)の一人称による語り口や、ちょっと浮世離れした自称・探偵伯爵と新太とのやり取りがユーモラスで面白いです。
子どもが次々に行方不明になるという物騒な事件が題材の割には、そうしたユーモラスな面が多く、学校の夏休み中という時期設定もあってか、ほのぼのと、大人にとってはノスタルジアを感じさせるファンタジー小説のような雰囲気があります。


事件の方もけっこうショッキングな展開をたどる割にはなんだか淡々と解決に向かってしまったという印象があり、このまま終わってしまうんじゃちょっと物足りないなぁ…などと思っていたところ、最後の最後でやられました。
一番最後の「探偵伯爵からの手紙」が示唆すること…この作品を読む子どもたちには分かるのでしょうか。
できれば分かってほしくないと思ってしまった私は、新太が言うような「子どもだって説明されれば理解できるはずの事柄を『子どもには分からないから』と言って何も教えてくれない大人」なのかもしれません。
この手紙が一気にそれまで読んできたこの作品の印象をひっくり返してしまいました。
そうやって森さんが仕掛けて浮かび上がらせたのは、この作品の「2つの顔」だと思います。
この作品はきっと、子どもが読むのと大人が読むのとでは持つ感想がかなり異なると思うのです。
子ども向けの作品としての顔と、大人向けの作品としての顔…この2面性がこの作品の要ではないでしょうか。
この作品を読んだ子どもには、もう少し大人になったらまた読み返してごらんと言いたいです。
「子どもの頃読んだ『探偵伯爵と僕』っていう本は、実はこんな作品だったんだ!」ときっと衝撃と感動を受けるでしょうから。
時が経ってから読み返すことで、同じ本から違う感想や印象を得られることは、素敵な読書体験になると思います。
☆4つ。