tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『さがしもの』角田光代

さがしもの (新潮文庫)

さがしもの (新潮文庫)


「その本を見つけてくれなけりゃ、死ぬに死ねないよ」、病床のおばあちゃんに頼まれた一冊を求め奔走した少女の日を描く「さがしもの」。初めて売った古本と思わぬ再会を果たす「旅する本」。持ち主不明の詩集に挟まれた別れの言葉「手紙」など九つの本の物語。無限に広がる書物の宇宙で偶然出会ったことばの魔法はあなたの人生も動かし始める。『この本が、世界に存在することに』改題。

単行本の時は「この本が、世界に存在することに」というタイトルだった、本にまつわる短編集です。
…どうしてタイトル変えちゃったのかなぁ。
けっこう好きだったのになぁ。


収録されている9つの物語は、どれも本好きにはたまらない話ばかりです。
遠い異国の古本屋に売られていた母国の本、旅先の宿に誰かが置いていった本、恋人が読んでいた本、前の持ち主の書き込みがある古本屋で買った本、なかなか手に入らないのだけれどどうしても手に入れたい本、自分の人生を変える本…。
さまざまな本との出会いと別れは、あとがきで作者の角田光代さんが言われている通り、人と人との出会いと別れにもよく似ています。
あまり本を読まない人にとってはピンと来ない感覚なのかもしれませんが、自分が求めていた、あるいは自分のその時の気持ちにピタリと寄り添ってくれる本に出会えたときは、まるで運命の恋人にめぐり会ったかのような幸福感に包まれるものです。
そんなかけがえのない本との出会いを、保育園時代から多くの本とのお付き合いをしてきた角田さんが描くのですから、本好きの琴線に触れないわけがありません。


特に私が気に入った話は「ミツザワ書店」と表題作「さがしもの」です。
「ミツザワ書店」は、思いがけない新人賞を受賞して作家デビューした男性が、子どもの頃万引きした本の代金と自分の受賞作を、故郷の小さな書店に持って行く話。
地方の個人経営の小さな書店の雑然とした感じが郷愁を呼び起こさせます。
子どもの頃近所にあった小さな書店の、狭くて本のにおいが立ち込めている感じを思い出し、とても懐かしい気持ちで読みました。
ラストシーンも爽やかですがすがしい気持ちにさせてくれます。
表題作「さがしもの」は、死を目前にした祖母にある本を探すよう頼まれ、あちこちの本屋や古本屋を探し回る14歳の少女の物語です。
病に冒されたおばあちゃんの言葉には棘があって意地悪なのですが、言っていることには共感できる部分が多々ありました。
そんなおばあちゃんが読みたい本を探して奔走し、とうとう探しきれないうちにおばあちゃんが亡くなって、時が過ぎてその本のことを忘れてしまっても、最後に主人公が就いた職業には確かにおばあちゃんと過ごした日々が映されていて、じんわりと心を暖めてくれるような感動がありました。


さらに、巻末のあとがきエッセイも本好きならば共感できる部分が多いことでしょう。
角田さんの本との付き合い方や読書に対する考え方は、私とけっこう似ているのかなと思ってうれしくなりました。
特にこの部分。

つまらない本は中身がつまらないのではなくて、相性が悪いか、こちらの狭小な好みに外れるか、どちらかなだけだ。
(中略)
つまらない、と片づけてしまうのは、(書いた人間にではなく)書かれ、すでに存在している本に対して、失礼である。


224ページ 9〜14行目

全く同感です。
「つまらない本」なんて存在しない。
自分にとって合うか合わないか、ただそれだけです。
「つまらない人間」が一人として存在しないのと同じように。
☆4つ。