tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『向日葵の咲かない夏』道尾秀介

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)


夏休みを迎える終業式の日。先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。きい、きい。妙な音が聞こえる。S君は首を吊って死んでいた。だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。「僕は殺されたんだ」と訴えながら。僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。あなたの目の前に広がる、もう一つの夏休み。

ううむ…なんとも感想が書きにくい作品です。
この作品だけ例外的にネタバレありで書こうかとも思いましたが、やっぱり頑張ってネタバレしないように書いてみます。
で、最後にちょっとだけ、核心には迫らない程度のネタバレ感想を付け加えておきます。


とにかく最初から書かれている内容に対する疑問と違和感が満載で、それがずっと最後まで引っ張られるのでとても気持ち悪いです。
ただし、この「気持ち悪い」は褒め言葉です。
これだけ冒頭から怪しさ満開の内容でありながら、読者を真相に気づかせることなくうまくミスリードして、最後まで引っ張っていく力量はすごいと思います。
かと言ってアンフェアなのではなく、きちんと正解を導き出しうる伏線を張っていることに読み終わってから気付き、深く感心させられました。
一方で「生まれ変わり」があたかも当然のことのように描かれていて、一体これは現実の物語なのかと惑わされます。
全ての謎が解かれ、ラストシーンを迎えてもこの「生まれ変わり」に関する戸惑いだけは残ります。
「生まれ変わり」に関してだけははっきりと「正解」を示さなかったあたりが道尾秀介さんのうまさなのではないかと思います。
すなわち、ロジック重視の本格ミステリとしても読め、幻想ホラーとしても読めるという、読者の好みによって複数の解釈が可能な作品として、とても完成度が高い作品だと思います。


そんなわけでとてもよくできた作品だというのは分かるのですが、個人的にはあまり好きなタイプの作品ではないですね。
全編を通して漂うグロテスクさは、やはりどうにも生理的に受け付けづらかったです。
謎解きにしても、最初から違和感満載よりは、途中まで何も引っかかることなく普通に読んでいたらいきなり予想外の真相が提示されてびっくり仰天、という展開のほうが好みです。
でも、好きなタイプの作品ではないし、グロテスク部分を読むのが辛くてあまり再読したいという気にもならないのですが、ものすごくインパクトがあり後々まで強い印象を残す、忘れられない作品になるだろうという確信があるのがなんだか悔しい…。
とても評価が難しい作品ですが、☆の数はとりあえず4つで。
以下、ほんの少しネタバレ含みます。
未読の方はお気をつけて(と言っても、謎解き部分には触れていないので、もし読んでしまってもそれほど影響はないかと思いますが…)。






主人公の「ミチオ」の苗字ですが、私はそれを見たとき、某文豪の某有名作品を連想しました。
「S君」が生まれ変わった姿に、「お釈迦様」と来れば…ねぇ。
でも実際は某ミステリ作家へのオマージュらしいですね。
私はその作家さんの作品は未読なので、そのことには思い至りませんでした。
作者の苗字も「ミチオ」ですが、何か関連はあるのでしょうか。
「S君」の本名がなぜ出てこないのかもあわせて、名前に関して作者の思惑がいろいろ込められていそうで気になります。
また、ラストシーンが示唆する結末の意味を考えると、とても切なく悲しい気持ちになりました。
何ともいえない不思議な余韻の残る作品です。