tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『朝霧』北村薫

朝霧 (創元推理文庫)

朝霧 (創元推理文庫)


卒業論文を仕上げ巣立ちの時を迎えた主人公は出版社の編集者として社会人生活のスタートを切り、新たな抒情詩を奏でていく。
語り手《私》と円紫師匠が登場するシリーズ第5作。

北村薫さんの代表作、「円紫さんと私」シリーズ。
国文科に通う読書と落語が大好きな女子大生「私」と、「私」の日常に起こる謎を見事に解き明かす落語家・春桜亭円紫の物語の最新5作目の『朝霧』がようやく文庫化されました。


このシリーズが始まった頃はまだ初々しい女子大生だった「私」ですが、4作目『六の宮の姫君』で卒業論文を書き上げ、今作では無事卒業して出版社に就職し、立派な社会人となりました。
「私」の学生時代の個性的な友人たちの出番が少なくなったのは少し淋しいのですが、その代わり出版社の先輩たちが登場し、彼らの人間模様がまた楽しいです。
もちろん、謎解きの面白さも失われてはいません。
特に表題作『朝霧』に出てくる暗号が解けたときは、「私」と同じようにドキドキして、少し感動を覚えました。
『走り来るもの』で紹介されるリドルストーリーも楽しいです。
編集プロダクションの編集者が書いたリドルストーリー。
円紫さんは見事に彼女が意図したものを見抜き、あっと驚く結末を見せてくれます。
そして、最後の最後に明かされる秘密もまた素敵。


普通就職するとどうしても時間が取れずに読書量が減ってしまうものですが、さすがに「私」の場合は仕事柄そうはなりません。
そして、今作の謎解きは「私」が「読む」うちに生まれてきた疑問や謎を題材にしています。
それが読書好きにとってはたまらなくうれしいのです。
もともとこのシリーズは北村薫さんご自身の読書への想いが存分にこめられた作品です。
名作文学や俳句や落語といった、さまざまな文芸への造詣と畏敬の念が「私」を通して伝わってきます。
そして、読書好きなら誰もが「そうそう」と大きくうなずいて、うれしさのあまり笑みがこぼれてしまうような言葉があちらこちらにちりばめられているのです。
読書好きな者のみが知る読む喜びを、これからも北村さんと共有していけたらうれしく思います。