tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『すべての雲は銀の…』村山由佳

すべての雲は銀の… Silver Lining〈上〉(講談社文庫)

すべての雲は銀の… Silver Lining〈上〉(講談社文庫)


すべての雲は銀の… Silver Lining〈下〉(講談社文庫)

すべての雲は銀の… Silver Lining〈下〉(講談社文庫)


恋人由美子の心変わりの相手が兄貴でさえなかったら、ここまで苦しくはなかったのかもしれない。
傷心の祐介は、大学生活から逃れるように、信州菅平の宿「かむなび」で働き始める。
頑固だが一本筋の通った園主、子連れでワケありの瞳子…。
たくましく働く明るさの奥に、誰もが言い知れぬ傷みを抱えていた。

恋愛小説作家の中で一番好きな村山由佳さん。
彼女の長編『すべての雲は銀の…』が文庫化されたので、早速読んでみました。


主人公の大和祐介は東京の大学に通う21歳。
恋人の由美子を実の兄に奪われ、傷心の祐介は、友人タカハシの勧めで信州のペンションで住み込みのアルバイトを始める。
そこで出会った個性的な人々との交わりの中で、彼は徐々に傷を癒していく。


やっぱり村山由佳さんは面白いです。
彼女の恋愛小説は男性視点のものも多いのですが、女性である私が読んでもなぜかどこかしら共感できる部分があるから不思議です。
今回の主人公祐介は、兄と恋人の裏切り行為に遭い、これ以上ないくらいに傷ついて、東京から逃げるようにペンションでのバイトを始めるのですが、彼の心の痛みの描写がリアルで、思わず自分のことのように痛く感じてしまいます。
村山由佳さんはこういう心の傷や悩みを書かせると本当にうまいのです。
この作品に登場する人物はみなそれぞれの悩みを抱えています。
エジプトの砂漠に消えた夫を待つ女、瞳子さん。
フラワーコーディネーターを目指して花屋で修行中に、突然の大きな仕事のオファーを受けて戸惑う美里ちゃんと花綾ちゃん。
原因不明の胃痛や吐き気に襲われて学校に行くことができない小学生、桜ちゃん。
人の生き方はそれぞれですが、みなどこかに迷いや悩みや傷を抱えているものです。
当たり前のことなのですが、村山由佳さんの作品にあらためてそのことを思い出さされ、「自分だけではないんだ」とはげまされるような感じがします。


もう一つ、この作品の魅力は個性的な登場人物たちと、彼らが紡ぎだす味のある会話でしょう。
前述の瞳子さん、美里ちゃん、花綾ちゃん、桜ちゃんのほかにも、タカハシや園主ことペンションのオーナー、花綾ちゃんの父である寅彦さん、桜ちゃんの母、みな本当に一癖も二癖もある人物ばかりです。
そして彼らの会話は本当に生き生きとしています。
「スカスカいう話し方」をする祐介、さばさばとしていて率直な物言いの瞳子さん、勢いづいて語尾に必ず「っ」がつく美里ちゃん、おっとりした物言いの花綾ちゃん、なぜかコテコテの大阪弁の園主…会話の文体にもそれぞれの個性がにじみ出ていて、ああ、こんな人いるいると思わせられます。
こんな個性ある面々が生き生きとした会話を繰り広げるおかげで、ともすれば重くなってしまいそうなこの物語の雰囲気を暗くすることなく、明るい癒しの物語に仕上がっています。


この作品を読むうちに、主人公祐介の傷と共に、読者の傷や悩みも解消されてしまうかもしれません。
村山由佳さんの恋愛小説には、そんな癒しのパワーがあふれているのです。