tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『恋愛中毒』山本文緒

恋愛中毒 (角川文庫)

恋愛中毒 (角川文庫)


もう神様にお願いするのはやめよう。
―どうか、どうか、私。
これから先の人生、他人を愛しすぎないように。
他人を愛するぐらいなら、自分自身を愛するように。
哀しい祈りを貫きとおそうとする水無月。
彼女の堅く閉ざされた心に、小説家創路は強引に踏み込んできた。
人を愛することがなければこれほど苦しむ事もなかったのに。
世界の一部にすぎないはずの恋が私のすべてをしばりつけるのはどうしてなんだろう。
吉川英治文学新人賞を受賞した恋愛小説の最高傑作。

恋愛モノが読みたい、と思って選んだ本が、実は恋愛モノでありながら、かなりミステリ的な作品でした。
それが山本文緒さんの『恋愛中毒』です。
思いがけないところでミステリっぽい作品に出逢ってしまいました。
まあ面白かったからいいんですが。


最初は、恋愛下手で、別れた夫のことも忘れられないながら、有名人の愛人生活におぼれていく不器用で愚かな女性の話かと思っていました。
が、だんだん主人公・水無月の行動が怪しくなってきます。
そして最後には驚くような事実が明らかになる…。
う〜む、まさにミステリ的な話の運び方ではないですか。
今まで山本文緒作品といえば、読んだことあるのが『チェリーブラッサム』のみで、これがけっこう少女小説っぽい作品だったために、なんとなく山本文緒は少女小説家というイメージが(実際そうなのですが)付きまとっていたのですが、こんな話も書けるのか、と、『恋愛中毒』を読んで妙に感心してしまいました。


学生時代から半同棲生活を送っていた恋人と結婚、その後ある事件をきっかけに離婚し、弁当屋でバイトしながら駆け出しの翻訳家として生計を立てる主人公・水無月の前に現れた、俳優で作家の創路。
一夜の関係で終わるはずだったのに、なぜか水無月は創路の事務所で働く愛人兼秘書となる。
こんな水無月の恋愛は私にはまねできそうもありません。
しかし、少なくとも水無月の心理描写には共感できるものがありました。
このままでいいのか、という自分の現状に対する不安。
何度も繰り返してきた恋愛の失敗をもう二度と繰り返さず、愛する男性に愛され続けるためにはどうしたらいいのかという迷いと葛藤。
おそらく多くの女性が水無月の心理を理解できるでしょう。
この作品は、男性が読むと「怖い」という印象が強いかもしれません。
水無月が持つ愛は不器用で、愚かで、哀しいけれど、女性には理解しうるものです。
それゆえに、扱っている題材のわりには後味の悪さはほとんどありませんでした。
結局水無月は、その不器用さゆえに創路の愛を勝ち取っているのですから。