tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『黒猫の小夜曲』知念実希人

黒猫の小夜曲 (光文社文庫)

黒猫の小夜曲 (光文社文庫)


黒毛艶やかな猫として、死神クロは地上に降り立った。町に漂う地縛霊らを救うのだ。記憶喪失の魂、遺した妻に寄り添う夫の魂、殺人犯を追いながら死んだ刑事の魂。クロは地縛霊となった彼らの生前の未練を解消すべく奮闘するが、数々の死の背景に、とある製薬会社が影を落としていることに気づいて―。迷える人間たちを癒し導く、感動のハートフル・ミステリー。

亡くなった人間の魂をあの世へと送る「案内人」もしくは「死神」が地上に降りて、未練を残したまま死んだために地縛霊となってしまった魂を救済するミステリ、「死神」シリーズ第2作です。
1作目『優しい死神の飼い方』では、主人公の死神は犬 (ゴールデンレトリバー) の姿になって地上で人間と暮らすことになりましたが、今回の死神は黒猫になりました。
そりゃ犬の次は猫しかありえませんね。
もし次作があるとしたら次は何になるのでしょうか。
人間のペットとして不自然じゃなく、ある程度街をうろうろできるのは……鳥 (インコ/九官鳥) とか!?
――などと想像するのが楽しくなるくらい、シリーズ化に成功している作品だと思います。


今作は前作以上にミステリ度が上がっていて、しかも最後まで謎を上手く引っ張って全く飽きさせない、なかなか上質なミステリになっていて、ミステリ好きとしてはとてもうれしく思いました。
全部で4章ありますが、章が進むにつれ、各章の人物同士のつながりが少しずつ明かされ、地縛霊たちの未練の原因となった個々の事件が結びついて、その背後にある大きな事件の全貌が見えてきます。
そのミステリ的展開が見事で、結末が気になって仕方ありませんでした。
最終盤まで真犯人を明かさないのも憎いですね。
しっかりどんでん返しになっていましたし、最後の真犯人との対峙の場面はドキドキハラハラさせられました。
一応探偵役は黒猫の身体を借りた死神・クロということになるのでしょうが、驚異的な洞察力を見せるかと思いきや、失敗したり推理ミスをしたりするところに人間臭さ (姿は猫、中身は死神ですが) があって好感が持てました。
また、クロが飼い主となる女性・麻矢と心を通わせ、友達になっていく過程も心が和みます。
最初は猫の姿にされたことに悪態を吐いていたクロがだんだん猫らしくなっていき、人間を好きになっていくのがとても愛らしくて、まさに「ハートフル・ミステリー」というのを実感しました。


ですが、謎の中心に置かれているテーマは、決して軽くなく、ほのぼのしたものでもありません。
むしろ重めのテーマと言っていいでしょう。
具体的に言うと、とある病気の新薬開発をめぐる話が絡んでくるのですが、ここには作者の知念さんが現役の医者であるというバックグラウンドが存分に生かされています。
医療ミステリとまではいきませんが、専門知識がある人ならではの設定や描写に非常に説得力があり、病気の治療薬が高額になってしまう原因と、そのことによって生じる問題について、自然に考えさせられました。
医学が進歩して難病と言われてきた病気にも治療薬ができ、不治の病ではなくなったとしても、その治療薬が高額すぎて手が届かず、治せる病気なのに治せずに命を落としてしまう人がいる――。
本作で扱われている病気以外にも、そんな病気はたくさんあるのかもしれません。
では、治療薬に手が届かない人たちを救うためにはどうしたらよいか?
この物語には、その問いに対する答えを考えだして、実行に移そうとする人々が登場します。
薬を必要としている人たちを救おうとする彼らの心持ちが、読んでいて気持ちよかったです。
また、実際にそのような仕事をされている人たちへのエールを、作者はこの物語に込めたのではないかと感じました。


シリーズ前作の死神・レオが登場するのもうれしかったです。
それも単なるゲスト的な扱いではなく、ちゃんとストーリーに絡んできて、活躍の場があったのがよかったですね。
できることならまたレオとクロに会いたいなと思います。
☆4つ。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

2018年3月の注目文庫化情報


とにかく寒かった2月が終わって、ようやく暖かさが感じられるようになってきました。
2月は平昌オリンピックがあったこともあり、あまり読書が進まなかった (言い訳……) ので、今月こそはせっせと読んでいきたいものです。


さて、今月はなかなかバラエティに富んだラインナップです。
さよなら妖精』が好きな私にとっては、米澤さんの『真実の10メートル手前』は絶対にはずせない1冊。
『王とサーカス』の文庫化も楽しみです。
中島京子さんの『長いお別れ』は映画化するそうですね。
重そうなテーマですがこれも読んでみたいです。
川村元気さんの作品も一度読んでみたいなぁ。
ああ、今月もまた積読が増えそう……。

『物語のおわり』湊かなえ

物語のおわり (朝日文庫)

物語のおわり (朝日文庫)


病の宣告、就職内定後の不安、子どもの反発…様々な悩みを抱え、彼らは北海道へひとり旅をする。その旅の途中で手渡された紙の束、それは「空の彼方」という結末の書かれていない小説だった。そして本当の結末とは。あなたの「今」を動かす、力強い物語。

先日は日常の謎ミステリの名手・坂木司さんのイメージががらりと変わるブラックな短編集『何が困るかって』を読んだのですが、今度はイヤミスの女王として知られる湊かなえさんの、これまたイメージが変わるあたたかい雰囲気漂う連作短編集です。
イメージが逆方向の2人の作家さんのイメージチェンジ的作品を連続で読むなんて、偶然とはいえなかなか面白いタイミングで読めました。


この作品は構成がいいですね。
まず最初の章で「空の彼方」というタイトルの、両親が営むパン屋を継ぐと決め、長らく付き合った男性と婚約もした女性が、有名な作家から小説を書く才能を見出され弟子になるチャンスを得るという物語が語られます。
この「空の彼方」が作中作であることが分かるのは次の章。
以後、「空の彼方」は各短編の主人公から主人公の手へと順番に手渡されていきます。
そして最後にこの作中作の正体、つまり、誰がどのようにして書いた小説なのか、ということが明かされるのです。
ミステリとは言えないかもしれませんが、連作短編ミステリの基本をしっかり押さえた構成が、さすが湊さんですね。
特に驚きはありませんが、最初の章と最後との章とがきれいにつながり、すっきりと気持ちよく読み終えられました。
それでいてストーリー展開にも嫌らしさがなく、非常に読みやすいので、誰にでもおすすめできる作品に仕上がっています。


「空の彼方」を渡されて読むことになる、各短編の主人公たちは、性別も年齢もバラバラですが、それぞれに悩みや迷いを抱えています。
妊娠中にガンを告知された女性、家業を継ぐことになりカメラマンになる夢をあきらめねばならなくなった男性、就職を控えて自分の才能に自信が持てない女子大生、娘の実現可能性の低そうな夢に反対する父親、夢を追う恋人と別れた後仕事に集中してきたキャリアウーマン。
「空の彼方」は物語が中途半端なところで終わっているので、彼らは読み終わった後、自分だったらどのような結末をつけるか、と想像します。
歩んできた人生がそれぞれ異なるので、作品に対して抱く感想も結末もみな異なっていて、それが面白いなと思いました。
これは読書の面白さそのものを描いているんだなと思ったからです。
読み方も、読後の感想も人それぞれ。
どれが正しくてどれが間違っているというようなものではなく、自分なりの読み方や感想でいいのです。
小説は特に、読み終わった後にインターネットで他の人の感想を探してみる人も多いと思いますが、それも人それぞれいろんな読み方や感想があり、自分と同じ感想に共感したり、逆に自分とは違った視点からの読み方を知って感心したり、という面白さがあるからです。
ストーリー自体も面白かったのですが、小説を読む楽しさを客観的に見せてくれる、そんなメタ小説的な側面も本作の魅力のひとつだと思いました。


舞台が北海道で、自分が行ったことのある場所が登場してうれしくなったり、ここに行ってみたいなと思える場所が出てきたりで、旅情をかきたてられる作品でもありました。
イヤミスのようなインパクトはありませんが、地味ながら優しい気持ちになれる、とてもいい物語です。
☆4つ。