tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『何が困るかって』坂木司


小説でしか表現できない〈奇妙な味〉が横溢した、短いけど忘れがたい、不思議なお話を読んでみませんか?――子供じみた嫉妬から仕掛けられた「いじわるゲーム」の行方。夜更けの酒場で披露される「怖い話」の意外な結末。「鍵のかからない部屋」から出たくてたまらない“私"の物語――ほか、日常と非日常のあわいに見える19の情景を様々な筆致で描きだす。『青空の卵』や『和菓子のアン』の名手による、珠玉のショートストーリー集。

これはなんとも印象的な作品だなあ。
日常の謎」ジャンルのミステリを得意とする坂木司さんですが、本作はちょっと変わり種でしょうか。
作者のこれまでのイメージをがらりと変えてしまいそうな、異色の短編集です。


ショートショートと呼んでも差し支えないくらいのごく短い短編がいくつも収められているのですが、そのどれもが、ちょっと驚くような展開を見せたり、予想外のオチになっていたりします。
中にはかなりグロいものなど、嫌な感じの読後感が残るものも多く、話の短さのわりに強烈な印象を植え付けられる話ばかりでした。
比較的穏やかな、心温まる方向性の物語もあって、個人的にはそういう話の方が好みなのですが、ひとつの短編集として見ると、その中できわだった存在感を放っているのはブラックな話の方です。
ドキドキ、ぞわぞわしながら読んで、結末に思わず「うわあ」と言いそうになって、あまりの強烈な印象に放心状態になったりしましたが、それがなんだか癖になるような感じもありました。
これは自分の好みの物語ばかり読んでいては得られない読書体験で、決して「好き」とは言えないのですが、なんだか読んでよかったかも……という、自分でもなかなか不思議な感想を抱きました。


そんな感じなので、万人におすすめできるかというと少し難しいのですが、思えば坂木司さんの他の作品にも、多かれ少なかれある種の毒気が含まれているような気がします。
一見ほんわかした印象の作品でも、登場する人物や、物語の中で起こるできごとには、驚くほど鋭く厳しいまなざしが向けられているのを感じるのです。
『先生と僕』『僕と先生』のシリーズあたりが分かりやすいでしょうか。
こわいものが苦手な大学生と、優秀な頭脳を持つ中学生のコンビが日常の謎に挑む連作短編集ですが、人が死ぬことのない「こわくない」ミステリでありながら、謎を解くことで浮かび上がってくる人間の暗黒面が、下手な連続殺人ものミステリよりずっとこわく感じられます。
イヤミス」というのともまたちょっと違うのですが、人間の嫌な部分を見せられて、モヤモヤした気持ちになります。
それでも、主人公コンビの軽妙な会話で読みやすく、読後感も悪くない、という作品です。
白と黒、明と暗、そのミックス具合のバランスが絶妙で、坂木さんの作品の中でもかなり好きなシリーズですが、このシリーズのブラックな部分をもう少し濃くしたのが本作、といった印象ですね。
当たり前ですが人間にはいい部分と悪い部分があって、よい方向へ傾く人もいれば、暗黒面へと落ちていく人もいる。
坂木司さんは小説を通じてそういうことを描こうとしている作家さんなのだと思います。
本作に収録の「いじわるゲーム」だとか「カフェの風景」だとかは特に、人間の嫌な部分をまざまざと描き出していて、読んでいて不快にもなるのですが、確かにこういう人はいると納得させられる部分もあって、自分にとって身近な話だと思えてくるのがこわくもあり、自分自身はこういう嫌な人間になっていないだろうかと不安な気持ちにもなりました。


手放しで「よかった」とか「感動した」とか言えるような作品でなくても、本作のように心に深く強く刻み込まれる作品を書けるというのが坂木さんの強みかもしれませんね。
また同じようなコンセプトの短編集が出たら、少しためらいつつも、結局読まずにはいられないような気がします。
作家デビュー15周年を記念して、昨年刊行された坂木さんの文庫本におまけとして挟み込まれたリレー小説「ホリデーが肉だと先生が困る」が全部まとめて巻末に収録されているのもうれしいです。
☆4つ。


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『キャロリング』有川浩

キャロリング (幻冬舎文庫)

キャロリング (幻冬舎文庫)


クリスマスに倒産が決まった子供服メーカーの社員・大和俊介。同僚で元恋人の柊子に秘かな思いを残していた。そんな二人を頼ってきたのは、会社に併設された学童に通う小学生の航平。両親の離婚を止めたいという航平の願いを叶えるため、彼らは別居中の航平の父親を訪ねることに――。逆境でもたらされる、ささやかな奇跡の連鎖を描く感動の物語。

この作品、ストーリーに合わせてクリスマスに間に合うように文庫化されたのですが、そんな出版社の配慮を無駄にするのが私です……。
読むペースと読みたい本の数が釣り合っていなくて、全くタイムリーに読めていないというのは反省点ですね。
とはいえ時期を外してしまっても、作品自体はとても面白く読めました。


主人公の大和は、子どもの頃に父親から暴力を受けて育ちました。
さらに、自分の味方だと思っていた母親にも裏切られ、両親へのわだかまりを残したまま大人になりました。
そのことが原因となって、結婚話が出始めていた同僚の柊子とも破局します。
そんな大和と柊子が、勤務先の会社内に開設されている学童に通う少年・航平の、「両親の離婚をくい止めたい」という願いをかなえようと、会社には内緒でこっそり動き始めますが――。


子どもがつらい思いをする物語というのは、読む方もつらいですね。
大和が暴力を振るわれる場面はもちろん、航平が両親の不仲に心を痛める場面にも、胸が締め付けられるような思いがしました。
「子どもは親を選べない。」
そんな言葉が浮かんできて、より一層苦しい気持ちになります。
世間的には親というものは子どもに惜しみない愛情を注ぎ、子どもはそんな親に感謝しながら育ち、巣立っていく。
実際そういう親子関係であるケースがほとんどなので、そうでなかった場合の理不尽さが強く感じられることになるのでしょう。
どうして自分は親に恵まれなかったのかという思いと、あたたかい家庭で育った人たちへの嫉妬心とに苦しみ、傷つき、いらだって、時には周りの人を傷つけたり困らせたりしてしまう大和や航平ですが、そのことを責められるわけもなく、ただただ悲しい気持ちになりました。


それでも、作品全体を通して暗さや重さがなく、比較的軽めのタッチで物語が描かれていくことに、大いに救われました。
両親へのわだかまりと、別れた柊子への未練を残した大和が、それでも腐ることなく、誰かを責めるでもなく、口は悪いながらも航平のことを放っておけない優しさを持った人物として描かれていたのがとてもよかったと思います。
もちろん理不尽だという思いは消せないでしょうし、今後も両親を許して和解するというようなことも難しいかもしれません。
でも、そうした経験を糧によりよい未来を築いていくことはできると感じさせてくれる結末に、あたたかい気持ちになりました。
航平にしても、結果は彼が望んだ通りのものではなくとも、自分で行動して、両親に自分の思いを伝えたことで、納得する気持ちはあったのだろうなと思います。
人間が共に生きる中でどうしても軋轢や摩擦は生じますが、しっかり相手に向き合い、自分の気持ちを言葉にして伝え合うことの大切さが胸に沁みました。


大和や航平だけではなく、脇役は個性的でテンポのよい会話のやりとりが楽しく、悪役でさえも味があって憎めませんでした。
終盤のストーリー展開にちょっと突っ込みどころはありますが、全体的にはあたたかい空気の流れる、素敵なクリスマス小説だと思います。
☆4つ。

2018年2月の注目文庫化情報


寒いですね。
毎日寒くて嫌になりますが、それでももう2月。
もう少しで春がやってきます。


2月はなかなか豪華なラインナップですね。
なんといっても本屋大賞受賞作の『羊と鋼の森』が楽しみです。
映画化もされるそうですね。
もうひとつ、映画化に合わせての文庫化と思われるのが『ラプラスの魔女』。
東野さんですしハズレはないでしょうからこれも楽しみです。
相変わらず積読が解消しきれていませんが、少しずつ着実に読み進めていきたいです。