tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『花野に眠る 秋葉図書館の四季』森谷明子


れんげ野原のまんなかにある秋葉図書館は、今日ものんびりのどか。新人司書の文子の仕事ぶりも、板についてきた。けれど、図書館を訪れる人たちには、人知れぬ悩みがあるようで……やっぱり、毎日ふとした謎が湧きおこる。そんななか、図書館の近隣で大事件が! 季節のうつろいを感じながら、またまた頼もしい先輩司書の助けを借りて、文子は謎解きに挑むが……。すべての本好き、図書館好きに捧げる、やさしいミステリ!

『れんげ野原のまんなかで』の続編にあたります。
時系列的にも前作のすぐ後から始まっているので、前作と続けて一気に読むのもいいかもしれませんね。
私が前作を読んだのはかなり前だったなと思って調べてみたら、なんと6年も前でした。
それでも読み始めると登場人物のことや舞台の秋葉市立図書館のことも思い出せてきて、しっかりシリーズものとして楽しめました。


田舎町の図書館に勤める新人司書の文子を主人公とする連作短編集です。
ただ、本作は連作短編集といってもかなり長編に近い読み心地になっていました。
というのも、登場した謎がすべて解かれ終わらないうちにひとつの話が終わってしまうのです。
あれっと思って読み進めると、その先の話で前の話の謎が解かれることもありますが、さらに謎が増えたりもして、登場人物も徐々に増え、いくつものエピソードや謎が絡まり合いながら最終話へとつながっていきます。
最初は両親の離婚問題に揺れる中学生の話で、ほっこりするいい話だなと思っていたら、次の話の最後には地中から白骨が出てくるという、いきなりの不穏な展開に。
そして物語はこの白骨をめぐる謎解きに大きく舵をきっていきます。
この白骨の謎の真相は最終話になってようやく明らかになるのですが、なんとも切なくてたまりませんでした。
日本が近現代史の中で一番大変だった時代に、その時代に翻弄された人物の人生の物語が胸に迫り、ラストは泣かされました。
表紙のイラストから受けるほんわかした印象とはちょっと違って、意外と重みのある骨太の物語です。


シリーズものとしては、前作と比べるとかなり文子が成長しているのが頼もしくてよかったです。
ブックトークやレファレンスといった司書さんならではのお仕事をしっかりこなしています。
その仕事内容も読んでいて興味深かったです。
本を分類し、整理し、保存するというだけでなく、本の魅力を人に伝えるという大切な役割を担う司書という職業がとても魅力的に書かれていてうれしくなりました。
作中に登場する本がすべて実在する本だということも、本好きにとってはうれしいですね。
中には入手が難しそうな本もありますが、きっと図書館に行って司書さんに相談すれば読めるのだろうなと思うと、楽しくなってきます。
本作で出てきた本の中では、20個もの卵を使って作る大きな卵焼き、その名も「心臓焼き」を紹介している『ゆずりうけた母の味』という本が気になりました。
料理本はあまり私にとってはなじみがないジャンルですが、こんな面白い料理を紹介している本なら見てみたいですね。
他には数々の絵本や安野光雅さんの『旅の絵本』なども気になりました。
どれもネタバレを避けながら上手に紹介しているのがさすがです。
ミステリだけではなく、ブックガイドとしても楽しめる作品だと思います。


本好き、日常の謎ミステリ好きにはたまらない作品なので、今後もシリーズとして続けていってほしいところです。
続いた場合、気になるのは文子の恋心の行方ですね。
文子がほのかな想いを寄せている相手、先輩司書であり本作の謎解き役である能勢は、既婚者です。
ですから文子自身も少なくとも今のところは能勢に想いを伝えるようなことは考えていないようですし、ハッピーエンドといえるような結末は望むべくもないと思いますが、ではこの文子の気持ちは一体どこに向かってどう落としどころを見つけるのか。
それを作者が考えているのだとしたら、ぜひ読みたいものだと思います。
☆4つ。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『アイネクライネナハトムジーク』伊坂幸太郎


妻に出て行かれたサラリーマン、声しか知らない相手に恋する美容師、元いじめっ子と再会してしまったOL……。人生は、いつも楽しいことばかりじゃない。でも、運転免許センターで、リビングで、駐輪場で、奇跡は起こる。情けなくも愛おしい登場人物たちが仕掛ける、不器用な駆け引きの数々。明日がきっと楽しくなる、魔法のような連作短編集。

とても伊坂さんらしい連作短編集です。
収録された短編は、すべてがどこかでつながっています。
ある話に登場した人物が、今度は別の人物の話に登場したり、同じエピソードが異なる視点から語られたり。
単につながっているというだけではなく、「おや、こんなところにさっきのあの人が」というような意外性をはらんでいるところが、ミステリ的な面白さも生み出しています。
そうやってつながっていく物語は、最後の一編「ナハトムジーク」で全てのエピソードがひとつの結末に向かって収束していきます。
そのため、短編集としての読みやすさと、長編のような読み応えの両方を兼ね備えているのが、連作短編集としての本作の強みであり魅力です。


元はと言うと、この作品集は伊坂さんと歌手の斉藤和義さんとのコラボから始まっているのですね。
最初の2編「アイネクライネ」と「ライトヘビー」が斉藤さんとのコラボ企画で書かれた作品です。
特に「ライトヘビー」では、路上に占い師のように構えていて、客に合った曲を選んでその一節をパソコンから流すというちょっと不思議な男性が登場するのですが、その曲というのがすべて斉藤和義さんの曲で、物語の中に自然な形で斉藤さんの曲の歌詞が引用されています。
伊坂さんご自身が斉藤さんのファンとのことですから、きっと伊坂さんが好きな歌詞が使用されているのだと思いますが、これがどれも伊坂さんが創った物語に合っているだけでなく、歌詞単体をとってみてもいいなぁと思わせる歌詞ばかりで、あまり斉藤和義さんの曲をよく知らなかった私も、読んでいるうちにだんだん興味を引かれてきました。
これはきっと斉藤さんのファンの方にとってはうれしいことではないかなと思います。
そのわりにあまり斉藤さんとのコラボについてはアピールされていないのがもったいない気がしますが、いろいろ大人の事情もあるのでしょうか。
伊坂さんの作品は音楽との関わりが深く、今までもビートルズボブ・ディランなどさまざまなアーティストの音楽が作中に登場してきましたが、今回は公式のコラボということで一歩踏み込んだ関係性になっています。
それでいてコラボ色が強すぎることもなく、斉藤和義さんのことを全く知らない人でも問題なく「伊坂幸太郎の小説」として楽しめるところがいいですね。


収録作品はどれも後味のよい話ばかりだったのもよかったと思います。
ブラックなものや読後感の悪い話も、それはそれで楽しめるのですが、そればかりだと疲れてしまいます。
今回のテーマは「偶然の出会い」でしょうか。
どの物語にも、偶然の出会いと、その出会いがもたらすささやかな幸福が描かれています。
「運命」や「奇跡」などといった大仰な言葉で表されるようなものではなく、本当に日常の、ちょっとした偶然で出会った人たちの人生が、少しずつ明るい方へ向かっていく。
夫婦関係に暗雲が立ち込めているだとか、昔自分をいじめていた人物に再会してしまったとか、仕事に追われて出会いがなく恋人ができないだとか。
なかなかうまくいかないことも多い人生に、ちょっとした偶然がほのかな光になって射し込んでくるという物語は、読んでいて気分がよかったです。
そういうささやかな偶然なら、なんてことのない平凡な自分の人生にも起こるかもしれない、と思えますからね。
なんだか伊坂さんからエールをもらったような、あたたかい気持ちになれました。
☆4つ。

『満願』米澤穂信

満願 (新潮文庫)

満願 (新潮文庫)


「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが……。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる「死人宿」、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の「柘榴」、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作「万灯」他、「夜警」「関守」の全六篇を収録。史上初めての三冠を達成したミステリー短篇集の金字塔。山本周五郎賞受賞。

以前から米澤さんの作品は好きで、ハズレが少ない作家のひとりとして信頼を置いていますが、本作もさすがの面白さ。
短編集ならではの読みやすさもあって、あっという間に読んでしまいました。
もう少し長く楽しんでいたかったとちょっと残念な気持ちになるくらい、どの短編も素晴らしかったです。


作者の代表作「古典部」シリーズや「小市民」シリーズなどとは違って、本作は連作短編集ではなく、収録作品6編の間にストーリーや登場人物のつながりは全くありません。
ミステリとしても、フーダニット (「誰が」を問うもの) にホワイダニット (「なぜ」=動機を問うもの) にと、多彩な内容です。
ひとつひとつが完全に独立した物語でありながら、1冊の本としてのまとまりがあるのは、伏線の張り方やストーリーの運び方、そして最後に残る余韻などに統一感があるからでしょうか。
ミステリでよくある「まさかこんな意外な人が犯人!?」という衝撃的な驚きとはちょっと違って、「この話の行きつく先はこんなところだったなんて」という、驚きとしてはさほど強烈ではないのだけれどしっかり意外性はあって、その意外性が生み出す感傷や戦慄などの感情を味わう作品なのです。
「最後の一撃」やどんでん返しを期待していると期待外れ感があるでしょうが、大きな驚きがなくても十分ミステリ的な面白さはありますし、話の終着点が見えた時の背筋がぞわっとするような感覚はホラー的でもありました。
ホラーはどちらかというと苦手ですし、どの話も不穏な空気が漂い読後感は決していいとは言えないのですが、自分でも驚くほどどの物語にも引きこまれ、それはやはり米澤さんの筆力のなせる技なのだろうと思います。


「好き」というのとはちょっと違う気がしますが、本作の中でベストの1編を選ぶとしたら、「関守」でしょうか。
パッとしないフリーライターが、原稿のネタを得るために転落事故が相次ぐ場所へ赴き、現場近くのお店の老婆に取材をするという話なのですが、少しずつ「事故」の真相が明らかになり、物語のその先、フリーライターを待つ運命が見えた時のぞわぞわと寒気がしてくるような、なんとも言えない怖さと不快感に心がざわつく感じが秀逸だと思いました。
収録作の中でも一番ホラー色の強い話ですが、オチも一番強烈で印象に残ります。
また、「柘榴」は怖いだけでなく妖艶さも漂い、これまた非常に強い印象が残る読後感を味わいました。
「万灯」は既読だったのですが、再読でも面白さは全く失われませんでした。
どうしてこうなってしまったのか、こんなはずじゃなかった、という主人公の心の叫びが聞こえるような、自分も主人公と一緒に嫌な汗をかきそうな結末にぞくぞくします。
また、「死人宿」は主人公視点で書かれているので主人公に感情移入しながら読むのももちろんいいのですが、主人公の元恋人で宿のおかみとなった女性の方の心情に寄り添いながら読むと、また違った味わいが生まれてきます。
切なさと絶望感の組み合わせに暗い気持ちになりますが、それがなぜか不快ではないのがなんとも不思議です。


雰囲気としては「世にも奇妙な物語」に近いものがあるでしょうか。
ミステリとしても、ホラーとしても、小説としても、存分に楽しませてくれる作品集です。
巧みな伏線の張り方や淡々としつつも端整な文章が私の好みにぴったりで、非常に満足感の高い読書でした。
☆5つ。