tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

10月の注目文庫化情報


そろそろ「秋」といっていいかな。
ということは「読書の秋」も本番ですね。


今月は何と言っても『太宰治の辞書』が楽しみ!
大好きな円紫さんシリーズの最新作が意外に早く文庫化してくれてうれしいです。
西加奈子さんの『サラバ!』も楽しみだなぁ。
3分冊とは、読み応えありそうですね。


いまだ夏からの積読が解消しきっていないのですが……、せっせと読んでいかなくては。

『3月のライオン (13)』羽海野チカ


三月町の夏まつりで島田と初めて出会い、あかりと林田は、思いがけずそれぞれに転機を迎えることに。8月に開催される真夏の戦い・東洋オープンで、二海堂は“宗谷を倒した男"になるべく負けん気をたぎらせる。彼の指す将棋の駒音が、零や宗谷や滑川達、他の棋士達の胸中にまで響き渡っていく。

ストーリー的に大きな変化や急展開などはなくても、サイドストーリー的な小さなエピソードの積み重ねだけでも十分に読ませるのが、『ハチミツとクローバー』の頃から変わらない羽海野チカさんのマンガの大きな魅力だと思います。
13巻もそんな1冊。
巻を重ねてずいぶん登場人物が増えましたが、そのひとりひとりを丁寧に描いているので、印象が薄いキャラというのがあまりいませんし、どのキャラにもそれぞれ感情移入できるのがすごいところです。


12巻からの続きの、あかりさんを巡る三角関係 (?) では、林田先生のかっこ悪さがもはや愛おしいですね。
私はどちらかというと島田八段派なのですが、林田先生も悪くないし、親近感を持てるのは林田先生の方かな。
あかりさんがどちらを選ぶとしても (どちらも選ばないという可能性も十分あると思っていますが)、素直に祝福できるだろうと思います。
それにしても、恋が始まりそうな、始まったような……という微妙な段階の描写がくすぐったくて甘酸っぱくて、身もだえしてしまいますね。
10代の零くんの恋愛と比べると、島田さんや林田先生とあかりさんというのはだいぶ大人の恋愛になるはずなのですが、甘酸っぱさはどちらも同じ。
零くんの恋愛が当面は膠着状態になりそうなだけに、この3人には本作のときめき成分を増やす役割を期待したい――と思ったら特に急展開もなく将棋の話へ突入して肩透かしを食らいましたが、この将棋の話がとてもよくてすぐに頭が将棋モードに切り替わりました。


二海堂は作中でも読者の間でも愛されキャラだと思いますが、13巻ではまた素晴らしい姿を見せてくれて心を鷲掴みにしてくれます。
宗谷名人と対局するという夢が叶うことになり、心躍らせ棋士として覚醒していく様子がもう可愛くて可愛くて。
そんな二海堂に応えるように、宗谷名人もこれまでにないような表情を見せていて、それがまた魅力的なのです。
今まで静かな天才というイメージだっただけに、大人げない宗谷さんというのには笑ってしまいましたが、負けず嫌いなのはどの棋士も同じだなと思ってほのぼのしました。
不気味な印象の滑川七段のエピソードもとてもよかったです。
深堀りしやすそうなキャラクターだなぁとは思っていましたが、新たな側面が描かれたことで、滑川七段はますます印象的な人物になりました。


そして最後にメインで描かれたのは、久々の登場となる香子さん。
彼女の孤独が胸に沁みる、短いながらも心に残るエピソードでした。
香子にも救いがあってほしいし、幸せになってほしいなと強く思います。
その他、忠犬ぶりが愛らしい二海堂の愛犬・エリザベスや、「いい辻井さん」や、相変わらずいい人のスミスや、さらにパワーアップしているガクトさんや、「心に直接語りかける」田中七段など、出番の少ないキャラクターたちもしっかり存在をアピールしていました。
その分主人公のはずの零くんの存在感がとても薄かったような……(笑)
次の巻ではまた大活躍をしてほしいですね。
それと、ひそかに毎回楽しみにしていた監修の先崎学九段のコラムが今回はなかったことがとても残念でした。
調べてみたら、体調を崩されて将棋の方も休んでおられるとのこと。
早く回復されて、次の巻ではコラムが復活していることを心から願っています。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『猫が見ていた』


現代を代表する人気作家たちが猫への愛をこめて書き下ろす猫の小説、全7編。作家の家の庭に住みついた野良猫。同じマンションの女の猫が迷い込んできたことで揺れる孤独な女の心。猫にまつわる名作絵本に秘められた悲しみ…ミステリアスな猫たちに翻弄される文庫オリジナルアンソロジー。巻末にオールタイム猫小説傑作選も収録。

猫はかわいいとは思うけれど、どちらかというと犬の方が好き、という大して猫好きとは言えない私ですが、豪華な顔ぶれの執筆陣と、書き下ろしというところに惹かれて読んでみました。
「猫が好き!」「猫は無条件でかわいい!」というのを前面に押し出したアンソロジーではなかったので、私にはちょうどいい具合に楽しめました。
では早速収録作品ごとの感想を。


「マロンの話」 湊かなえ
これはエッセイ風小説……いや小説風エッセイでしょうか。
ある女性作家の家に住みついたマロンという名の猫と、作家の家族との交流を描いています。
女性作家というのは明らかに湊さんご自身のことだと思います。
いまやすっかり売れっ子作家というイメージの湊さんですが、いろいろ大変だったんだなぁ……となんだかしんみりしてしまいました。
そんな湊さんのもとに猫が来てくれてよかったなと思ったり、最初は猫を嫌がっていた旦那さんがどんどん猫に夢中になっていく様子が面白くて、ほっこり心温まりました。


「エア・キャット」 有栖川有栖
「作家アリス」シリーズの短編。
短いページ数ながらしっかりミステリを読ませてくれるのはさすがですね。
猫好きなアリスの姿がとても微笑ましくて、「学生アリス」シリーズの方が好きな私も作家アリスのファンになってしまいそうでした。
「学生アリス」の方で猫がらみの話がもし書かれるとしたら、一番の猫好きは誰かなぁ、江神さんかな、なんて妄想してみたりもしました。


「泣く猫」 柚木裕子
前から気にはなっていた作家さんですが、作品を読むのは今回が初めてでした。
亡くなった母親が一人暮らししていた部屋にやってきた猫を通して自分の知らない母の姿を知る女性の話です。
交友関係に乏しく、死んだときに「猫しか弔問に来ない」と考えるとさみしいですが、「猫が弔問に来てくれる」ということ自体は猫好きにはうれしいことでしょうし、切なさとあたたかさが入り混じる複雑な雰囲気がいいなと思いました。
絶縁状態だった母と娘を最後の最後に猫がつないでくれたようで、優しい気持ちにもなれる一編でした。


「『100万回生きたねこ』は絶望の書か」 北村薫
100万回生きたねこ』という誰もが知る絵本の解釈のひとつについて論じる作品 (小説です)。
ちょっと変則的な猫小説ですが、文学論的な作品も多い北村さんらしい話でよかったです。
私自身は『100万回生きたねこ』は小学生の頃に学校の図書室で読んだことは覚えているのですが、特に思い入れなどはありません。
北村さんの解釈を読んで、改めてきちんと読んでみようかなという気になりました。


「凶暴な気分」 井上荒野
井上荒野さんの作品も初めて読みました。
同じマンションに住む女性が飼っている猫を自宅に拉致監禁してしまう女性のお話です。
他人のペットを奪っているのですからもちろんいいことではありませんが、そもそもペット飼育禁止のマンションだし、大っぴらにできない恋愛をしているし、しかもその恋愛はうまくは行っていないし、仕事もあまりいい仕事とは言えないし……で、主人公の「凶暴な気分」は十分に理解できるように思いました。
読んでいて苦しい気持ちになりましたが、ある意味猫に救われた話でもあるのだろうと思います。


「黒い白猫」 東山彰良
東山さんも読むのは初めてだったと思います。
まずこのタイトルがいいですね。
黒いのか白いのか一体どっちなの?と興味を惹きつけられます。
舞台はおそらく台湾でしょうか。
舞台が異国だからか、他の作品と雰囲気がかなり違っていて、新鮮な読み心地でした。


「三べんまわってニャンと鳴く」 加納朋子
猫が登場するスマホ用ゲームアプリの話で、「ガチャ」「十連」「リセマラ」などのスマホゲーム用語が続出。
エッセイでオタクであることを告白されていた加納さんのことなので、ご自分の趣味の世界の話なのかなと思って読んでいたら、だんだん重い話になっていって、さすが加納さん侮れないなぁと思いました。
主人公の気持ちを思うとつらいのですが、最後まで明るい雰囲気で、読後感もよかったです。


「猫と本を巡る旅 オールタイム猫小説傑作選」 澤田瞳子
こちらは小説ではなく、猫が登場する日本の小説を12作品紹介するブックガイドです。
私は1作だけ既読でした。
猫好きにはつらい作品も含まれるようですが、どの作品も面白そうで興味を持ちました。
すべて文庫で手に入る本ばかりというのも気軽に手に取れそうでよいと思います。


サクサク読めて、ちゃんと印象に残る話ばかりという、なかなかクオリティの高いアンソロジーでした。
特に猫好きというわけではない人でも、きっと楽しめると思います。
☆4つ。