tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『さよなら神様』麻耶雄嵩

さよなら神様 (文春文庫)

さよなら神様 (文春文庫)


「犯人は○○だよ」。クラスメイトの鈴木太郎の情報は絶対に正しい。やつは神様なのだから。神様の残酷なご託宣を覆すべく、久遠小探偵団は事件の捜査に乗り出すが…。衝撃的な展開と後味の悪さでミステリ界を震撼させ、本格ミステリ大賞に輝いた超話題作。他の追随を許さぬ超絶推理の頂点がここに!第15回本格ミステリ大賞受賞。

ジュブナイルミステリとはとても思えない、ブラックで衝撃的な展開の『神様ゲーム』の続編です。
神様ゲーム』の結末の衝撃と後味の悪さほどではないものの、本作も十分な鬱展開で、容赦のないストーリーが待ち受けていました。


本作の主人公兼語り手は、小学5年生の桑町淳 (くわまちじゅん)。
幼なじみの市部始 (いちべはじめ) が結成した「久遠小探偵団」の団員として活動しています。
そんな淳に、何か事件が起こるたび「犯人は○○だよ」と教えてくれるのが、「神様」と呼ばれるクラスメイトの鈴木太郎。
千里眼のような能力を持つ鈴木ですが、教えてくれるのは犯人の名前だけで、動機やトリックなどは教えてくれないため、探偵団のメンバーが推理を働かせて事件の真相を解き明かそうとすることになります。
神様の言葉は絶対で、嘘はついていないというところが本作の肝で、この設定こそがフェアな本格ミステリを成立させています。
また、本作は連作短編集の体裁を取っており、すべて「犯人は○○だよ」という鈴木の言葉から始まる6編が収録されていますが、でだしは同じ (もちろん犯人の名前はそれぞれの話で異なりますが) でもそこから展開する推理と物語はそれぞれ全く異なります。
単に犯人の名前を起点にして事件を推理していくだけではなく、思わぬところに仕掛けがあって、それが終盤のストーリー展開に大きく影響してくるところも本作の見どころで、その点は短編集というより長編のような味わいを醸し出しています。
それほどボリュームがあるわけではないのですが、1冊の中にさまざまな謎や仕掛けや推理が詰まっていて、ミステリ好きの心を存分にくすぐってくれます。
本格ミステリ大賞を受賞していたり、各種ミステリランキングで上位に入っていたりするのも納得の、非常にミステリ度が高い作品です。


本作のブラック具合は、物語の舞台が小学校で、主な登場人物がみな小学生だというところに一番表れています。
小学5年生が語り手とは思えないほどに、言葉遣いも考え方も非常に大人びていて、読んでいるとしばしば小学生の話だということを忘れそうになります。
それでも、事件の被害者も容疑者もみな小学生たちの身内。
小学生の狭い人間関係の中だからこそ、その残酷さが際立ちます。
とはいえ現実の小学生のイメージとはかなり乖離があり、リアリティに欠ける部分もあるため、ある意味それが救いになっているようにも思いました。
文章が淡々としていて子どもっぽくないので、子どもたちの間で殺人事件が発生しているという異常な状況にもかかわらず、大人の世界で起こる事件を描いたミステリと同じようにも読めてしまうのです。
もちろん、ところどころで「そうだ彼らは小学生だった」と思いだして、ブラックな展開に暗澹たる気持ちにもなるのですが。
血も涙もないけれど、不愉快で読むのをやめたくなるほどではない、その絶妙なブラックさ加減がなんともうまいなぁと思いました。


明確にバッドエンドで嫌な気分にさせられた前作とは異なり、本作の結末は一見ハッピーエンドというのも印象的でした。
「一見」というところがミソで、よくよく考えてみると前作にも負けず劣らず嫌な感じのオチなのですが、読後感は前作に比べると悪くはありません。
どちらが好みかは分かれるところでしょうが、私は強烈な読後感だった前作の方がミステリとしては好きです。
爽やかさや感動などといったものはかけらもない作品ですが、そういう物語もたまに読むには悪くないと思えます。
☆4つ。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『荒神』宮部みゆき

荒神 (新潮文庫)

荒神 (新潮文庫)


時は元禄、東北の小藩の山村が、一夜にして壊滅した。隣り合い、いがみ合う二藩の思惑が交錯する地で起きた厄災。永津野藩主の側近を務める曽谷弾正の妹・朱音は、村から逃げ延びた少年を助けるが、語られた真相は想像を絶するものだった…。太平の世にあっても常に争いの火種を抱える人びと。その人間が生み出した「悪」に対し、民草はいかに立ち向かうのか。

本作は朝日新聞連載時に読んでいたので、今回は再読でした。
ですが初読がかなり前なので、物語の細かな部分はすっかり忘れ、恐ろしい怪物が人を襲う話だということと、切なく悲しい結末ばかりを覚えていたのですが、文庫化を機にじっくりと再読してみて、こんなに凄惨な話だったかとちょっとびっくりしてしまいました。
ホラーっぽさもある作品だとは認識していたのですが、思った以上に残虐で恐ろしい話でした。


時は生類憐みの令で有名な徳川綱吉の治世、舞台は現在の福島県の辺りにある小藩の村々です。
山々に囲まれた小さな村に突然現れた謎の怪物。
トカゲのようでもあり蛇のようでもある奇妙なその生物は、長い舌や尻尾で人間を捕らえ、食べてしまいます。
ひとつの村を壊滅させた怪物は、腹がすくとまた次の村へ。
人々は懸命に逃げ、戦おうとしますが――。
想像すると気分が悪くなりそうな、かなり残酷な場面も多く、数ある宮部さんの作品の中でも一番恐怖感を煽られる作品ではないかと思います。
また、非常に映像的な作品でもあります。
怪物が人々を襲う場面は、パニック映画のような臨場感があり、怪物の描写は怪獣映画やSF映画も想起させます。
この辺りは宮部さんの趣味が強く出ていると見ていいでしょうか。
映像が容易に頭の中に浮かぶからこそ、恐ろしさにリアリティがあります。


そんな怖い物語の中で、ほっとさせられるのが登場人物たちの魅力です。
良くも悪くも直情的な小姓の小日向直弥、怪物に襲われた村から辛くも生還した勇敢な少年・蓑吉、怪しげな旅の絵師・菊地圓秀、飄々とした雰囲気の御家人・榊田宗栄などなど、読者が感情移入できる人物がたくさん登場しますが、本作の主人公・朱音が何と言っても一番魅力的です。
小藩とはいえ藩主の側近である曽谷弾正の双子の妹であり、「小台さま」と呼ばれる高い身分でありながら偉ぶることもなく、勇気があって、優しくて、強くて、美しい女性。
全宮部作品で最高のヒロインといっても差し支えないくらいだと思います。
もちろん、脇役に至るまで丁寧にひとりひとりの人物を描き出す宮部さんの巧みさは本作でもしっかり発揮されていて、期待を裏切られることはありません。
恐ろしい怪物の存在感が大きな作品ではあるのですが、それでも本作の主役は人間です。
多少ネタバレ気味になりますが、怪物は人間の業が生み出したものでした。
そして、そんな怪物に対抗し、平和を取り戻すのも人間。
絶望と希望、どちらも生み出せるのが人間というものであり、愚かな過ちを犯して打ちのめされて、悲嘆に暮れて反省して再び立ち上がって……というのを繰り返してきたのが人間の歴史なのだなと再認識させられました。


終盤は胸を衝かれるような場面や展開が多く、読み終わった時には胸がいっぱいになりました。
小日向直弥が最後に語る決意が一番心に残っています。
そして読了後に帯を見て、「NHKドラマ化決定」と書かれているのに気付き驚愕。
解説で樋口真嗣さんが書かれているような特撮系になるのでしょうか?
作中の凄惨なシーンなどはそのまま実写化されたら私などはとても見ていられないドラマになってしまいそうですが、どうなるのかな。
気になるところですが、続報を待ちたいと思います。
☆4つ。

『豆の上で眠る』湊かなえ

豆の上で眠る (新潮文庫)

豆の上で眠る (新潮文庫)


小学校一年生の時、結衣子の二歳上の姉・万佑子が失踪した。スーパーに残された帽子、不審な白い車の目撃証言、そして変質者の噂。必死に捜す結衣子たちの前に、二年後、姉を名乗る見知らぬ少女が帰ってきた。喜ぶ家族の中で、しかし自分だけが、大学生になった今も微かな違和感を抱き続けている。―お姉ちゃん、あなたは本物なの?辿り着いた真実に足元から頽れる衝撃の姉妹ミステリー。

イヤミスの女王・湊かなえさんの作品ですが、本作はイヤミスというほどではないかなぁ。
ですが、読み終わった後に何とも言えない気持ち悪さやもやもやとした思いが残り、読後感が独特で強烈という意味ではとても湊さんらしい作品だなとも思いました。


『豆の上で眠る』とはなんだか不思議な語感で、これだけを見てもどんな話なのかあまり想像がつきませんが、このタイトルはアンデルセン童話の『えんどうまめの上にねたおひめさま』というお話に由来します。
主人公の結衣子が幼い頃、二歳年上の姉・万佑子に読んでもらった絵本として作中に登場します。
私はこの童話を知らなかったのですが、ある国の王子様が「本当のお姫様」と結婚したいと望んでいたところにやってきた、自分はお姫様だと名乗る少女が「本当のお姫様」なのかを確かめるために、少女のベッドの上にえんどう豆を一粒置き、その上に何枚も羽根布団を重ねた上に寝かせて、布団の下にあるえんどう豆の感触が分かるかどうか試す、という筋書きだそうです。
一体この物語にどういう含意があるのか、私には正直なところピンと来なかったのですが、とにかくこの物語が本作の姉妹の物語における鍵となっています。


大学生となった結衣子が夏休みに帰省した際に、自分が小1の時に起こった姉の万佑子の誘拐事件の記憶を思い起こす、というところから物語は始まります。
結論から言えば、万佑子はいなくなってから2年を経て無事に帰ってきたのですが、結衣子は別人のように変わっていた万佑子の姿に違和感を覚え、「本当の万佑子ちゃん」なのか、ずっと疑問を胸にくすぶらせ続けていました。
DNA鑑定も実施し、帰ってきた万佑子が両親の実の子どもである確率が極めて高いという結果が出ても、結衣子の抱いた疑惑が晴れることはなかったのです。
時を経て、ようやく万佑子ちゃん誘拐事件の真相が明らかになるのですが、それはなかなか意外なものでした。
ミステリとしては伏線が少なく唐突な感じが否めないのですが、結衣子の中で膨らんでいく疑惑や不信感、結衣子の母親のおかしな態度などが細かく描写されていて、最後まで謎解きが引っ張られることもあり、先が気になって仕方ありませんでした。
真実をすべて知った結衣子の反応には胸が痛くなりました。
周囲の大人たちの身勝手さに翻弄された結衣子の気持ちは、察するに余りあります。
イヤミスというほどではない、と最初に書きましたが、まさに羽根布団の下のえんどうまめの感触が背中にかすかな不快感をもたらすような、そんな読後感でした。


それにしても、このような物語は姉妹だから成立する話なのでしょうね。
兄弟や兄妹/姉弟といった関係にはない、女きょうだい独特の関係性が印象的で、女きょうだいのいない私にとってはとても興味深く感じられました。
湊さんは母と娘の関係に焦点を当てた作品も書かれていますし、女性同士の血縁関係を巧妙に描き出す作家さんだという印象がさらに強くなった作品でした。
☆4つ。