tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『迷 まよう』アミの会 (仮)


数多くの傑作アンソロジーを生み出してきた実力派女性作家集団「アミの会(仮)」が、豪華ゲストを迎えて贈る、珠玉のミステリ小説集。
空き部屋から真夜中に響く騒音の原因を調べると…(「未事故物件」)。
深酒で記憶が飛んでいた間に、他人の家に迷い込んでしまい…(「迷い家」)。
人生で起こる「迷う」時を鮮やかに切り取った8つの物語。

女性ミステリ作家集団「アミの会 (仮)」によるアンソロジー……第何弾なのでしょう?
そこそこキャリアが長い作家さんが集まっているだけに、テーマの縛りはありながらも各作家さんの個性がよく出ていて質の高い短編を毎回堪能しています。
男性作家さんがゲストに招かれていることもあり、これがまた豪華なゲスト陣で楽しみのひとつです。
また、今回の『迷 まよう』は、もう1冊『惑 まどう』という姉妹アンソロジーもあり、2冊合わせて「迷惑」という遊び心のあるテーマ設定がされています。
参加している作家さんたちの仲が良く、わいわい楽しみながらテーマを決めておられる様子が想像できて、こちらも楽しくなりますね。
それでは各収録作の感想を。


「未事故物件」近藤史恵
集合住宅に住む会社員の女性が、上階から早朝に響いてくる洗濯機の音に悩まされるという、わりあいよくありそうな話なのですがこれが怖い。
読み終わった後、背筋がぞわぞわと寒くなってきます。
上階は空室で誰も住んでいなかったというのがただの怪談だったならば、まだよかったのかもしれません。
現実は怪談よりも恐ろしいというお話。


迷い家」福田和代
サラリーマンがしこたま飲んで帰宅途中に、自宅と間違えてよそのお宅に入り込み、食卓に用意されていた鍋料理を平らげたあげく、置いてあったぐい飲みを持って帰ってしまいます。
迷い家」「マヨヒガ」「マヨイガ」などと呼ばれる伝承をもとにしたお話ですね。
ちょっと不思議なお話ですが、これが意外な事件に結びついてくるのが面白い。
お酒はほどほどにしないといけません。


「沈みかけの船より、愛をこめて」乙一
男性ゲスト1人目の乙一さんの作品は、両親が離婚することになった女子中学生が、父と母のどちらについていけば自分と弟は幸せになれるか、あれこれ調査するという話です。
とにかくこの主人公の中学生がけなげで弟想いのいいお姉ちゃんすぎる。
こんないい子に自分たちの都合で迷わせる両親は罪深いと思わずにはいられませんでした。


「置き去り」松村比呂美
海外のジャングルトレッキング・秘境探検ツアーにひとりで参加した女性が、トイレ休憩の時にツアーバスに置いて行かれてしまうという、想像するだけでぞっとするシチュエーションが描かれます。
ですが、この最悪の経験を活かして新たな人生を始めることになった主人公の強さと幸運は、なかなか感動的ですらありました。
何が人生を好転させるきっかけになるかわからないものですね。


「迷い鏡」篠田真由美
とある洋館で過去に起こった忌まわしい事件の謎が解かれるという、このアンソロジーの中では一番ミステリっぽさが感じられる作品です。
篠田さんの作品には毎回、不思議でちょっと怪しい「銀猫堂」という古道具屋が登場するのですが、今回もいい雰囲気を醸し出しています。
いずれは1冊の本にまとまるのかもと思うと楽しみです。


女の一生」新津きよみ
「人様に迷惑をかけるな」と言われ続けた女性の生涯を描いています。
いわゆる「モラハラ」の被害者である女性が不憫で、読んでいてつらい気持ちになりました。
結末もなんともいえずやるせないもので、果たして彼女はそんなに責められなければならないほど「迷惑」なことをしたのか、と考えさせられました。


「迷蝶」柴田よしき
会社を定年退職した男性が、蝶の写真撮影という新たな趣味を始め、その趣味がきっかけで過去のある事件と関わりのある人物と偶然出会います。
結末で意外な事実が明らかになるのもよかったですが、妻に先立たれた男性の老後のさみしさが伝わってきて、切なくなりました。
今回のテーマの「迷 まよう」だけではなく次回のテーマである「惑 まどう」の方も作中に取り込まれているのが心憎いです。


覆面作家大沢在昌
男性ゲスト2人目は大沢在昌さん。
とあるベテラン作家がある新人作家に関する意外な事実を知るという話です。
舞台が銀座のクラブというのがなんともいい雰囲気で、物語もじんわり胸に響く、いい話でした。
結末は、その後の話を読みたいと思わせるもので、余韻たっぷりの幕引きがよかったです。


どの作品もさすがの完成度で甲乙つけがたいのですが、個人的ベストを選ぶなら、乙一さんの「沈みかけの船より、愛をこめて」かな。
両親のどちらを選ぶか迷うというある意味究極の選択を描く物語で、テーマの「迷 まよう」に一番しっくりきました。
☆4つ。
続けて『惑 まどう』を読みます。




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