tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『おいしい旅 想い出編』アミの会


15年ぶりに再会した友人と訪れた京都。昔話に花を咲かせるが、みなそれぞれに事情を抱えていて……(「あの日の味は」)。亡くした夫との思い出を胸にひとり旅をしていた故郷・神戸で偶然出会った青年。一緒にスイーツ巡りをすることになるが(「幸福のレシピ」)。住んでいた街、懐かしい友人、大切な料理。温かな記憶をめぐる「想い出」の旅を描いた7作品を収録。優しい気持ちに満たされる、文庫オリジナルアンソロジー

アミの会による「旅」×「おいしいもの」アンソロジー、「初めて編」の次は「想い出編」です。
タイトル通り、思い出の場所、思い出のグルメを巡る旅を描いた7編が収録されています。
ゲストは秋川滝美さん。
「想い出編」というだけあって、日本国内が多めですが、さまざまな街とさまざまなグルメが登場しています。


「あの日の味は」 柴田よしき
京都の女性専用アパートで青春時代を共に過ごした3人の女性が50代になり、再び京都で再会し思い出のグルメを楽しむ話。
高木珈琲店から始まって、ラーメンの天天有本店、葛切りの鍵善良房、ウクライナ・ロシア料理店のキエフといった実在の飲食店が続々登場します。
私は京都に住んでいましたがどの店も行ったことがなく、純粋にグルメガイドとして楽しめました。
京都グルメ旅の合間に3人が語り合う内容は、50代というまだまだ若いといえば若いけれど、健康問題も家庭問題もあれこれ出てくる……という微妙な年ごろを反映していて、50年も生きるといろいろあるなあとしみじみしました。


「幸福のレシピ」 福田和代
パティシエの夫を亡くした女性が生まれ故郷の神戸・三宮を30年ぶりに訪れ、生田神社で偶然出会った若い男性とケーキ店巡りの旅をします。
こちらも、にしむら珈琲店、モンプリュ、和栗モンブラン専門店 くり松、そして昼食は中華の別館牡丹園と実在のお店ばかりです。
個人的にはモンブランが好きなのでくり松が気になるなとウェブサイトを見てみたら結構なお値段ですね……さすが和栗モンブラン専門。
基本的に甘いものばかりが登場しますがあまり胸焼けする感じはなく、神戸スイーツ巡りの楽しさが伝わってきました。
パティシエの旦那さんとの思い出話も、生田神社で出会った男性とその婚約者のエピソードも、物語に優しく甘い色を添えています。


「下戸の街・赤羽」 矢崎存美
同棲していた彼氏と別れ、雰囲気が悪い会社も辞めて、埼玉の実家に帰ってきた女性が、カフェを開く予定のある女友達と共にヤケ食いの旅に出るという話です。
行き先は赤羽、巡るお店は様々なスイーツが自慢のカフェ。
私は東京にはまったく詳しくありませんが、赤羽が飲み屋街だということは知っています。
なので実はおいしい焼き菓子を出すカフェが増えているという話には、主人公と同じように驚いてしまいました。
おしゃれな街のカフェもいいけれど、案外こういうサラリーマンイメージの強い街にも隠れたおしゃれカフェがあるものなのかもしれませんね。
お酒の後には甘いもの、という人もいるようですし。
焼き菓子だけではなく、ケーキやシュークリーム、フルーツサンドにかき氷と種類豊富なスイーツの数々に、なんだか幸福な気分になりました。


「旅の始まりの天ぷらそば」 光原百合
尾道をモデルにした潮ノ道という街のコミュニティラジオ「FM潮ノ道」の局長と嘱託社員・真尋が思い出の味について話をします。
真尋の思い出の味というのが、子どもの頃祖父母の家に行く途中の駅で食べた天ぷらそばなのです。
駅のホームで買って電車の中で食べるということなので、決して凝ったものではなく本当に天ぷらが乗っているだけのごくごくシンプルなおそばだと思われます。
そして、祖父母の家というのもめちゃくちゃ遠いわけではないので、旅というほどの旅ではない。
けれども子どもにとってはそんな旅でも大旅行だし、その旅の始まりに食べる天ぷらそばは最高のごちそうだったのでしょう。
そういうのってあるな、と共感しきりのお話でした。


「ゲストハウス」 新津きよみ
白馬で生まれ育った61歳の男性が、15歳まで育った生家を訪れます。
生家はスイス人男性と日本人女性の夫婦の手に渡り、ゲストハウスに生まれ変わっていました。
男性がそのゲストハウスに泊まりに来たのは、離婚後会っていなかった娘からそのゲストハウスで会おうという手紙が来たから。
娘が小さいときに生き別れになっているので大人になった現在の顔もわからず、宿泊客の女性のうち誰が娘なのか?というミステリ仕立ての物語です。
白馬村の食材を使ったチーズフォンデュや手打ち蕎麦などがとてもおいしそう。
ちなみに娘の正体は、たぶんこの人だろうなと思ったのが当たっていて、ちょっとうれしくなりました。


「からくり時計のある町で」 秋川滝美
親友だと思っていた女友達とちょっとしたことで仲違いし疎遠になってしまった女性が一人旅に選んだ旅行先は、その女友達と一緒に行ったことがある思い出の場所、ドイツのミュンヘン
ドナーケバブにヴァイスブルスト、カイザーゼンメルにプレッツェルといったドイツ名物が登場します。
昼からビールを飲んじゃうところなんかがいかにもドイツらしいし旅行ならではの特別感があふれていていいですね。
その旅行中に友達と連絡を取り仲直りするというストーリーもとても後味がよく、ドイツにも行ってみたくなりました。


「横浜アラモード」 大崎梢
コロナ禍で職を失った旅行会社の契約社員だった女性が、高知の実家の母親の友人のお姑さんを横浜に連れていくという話です。
横浜はそのおばあさんの故郷で、周りの人たちが帰ってみたいに違いないと気をつかって計画した旅行なのでした。
横浜といえば、の中華街はもちろん、ホテルニューグランドのレストランで味わえるドリアにナポリタンにプリンアラモードはその店が発祥のグルメなのですね。
どちらもいまや日本中で食べられる定番のメニューですが、発祥の店で食べるそれらには特別な価値があります。
けれどもおばあさんが本当に食べたかった思い出の味は――。
おばあさんにもらい泣きさせられてしまいました。


以上7編、個人的ベストは大崎梢さんの「横浜アラモード」です。
おばあさんのいろいろあった長い人生へのいたわりとともに、コロナ禍による失職という理不尽な現実に直面した若い女性へのエールが込められた優しい物語で、久々に読書で涙しました。
いやはや、旅に出たい、そしておいしいものをお腹いっぱい食べたい。
早く何の気兼ねもなくグルメ旅を楽しめる日が来てほしいと心から思いました。
☆4つ。




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