tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『神の子どもたちはみな踊る』村上春樹

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)


1995年1月、地震はすべてを一瞬のうちに壊滅させた。
そして2月、流木が燃える冬の海岸で、あるいは、小箱を携えた男が向かった釧路で、かえるくんが地底でみみずくんと闘う東京で、世界はしずかに共振をはじめる…。
大地は裂けた。
神は、いないのかもしれない。
でも、おそらく、あの震災のずっと前から、ぼくたちは内なる廃墟を抱えていた―。
深い闇の中に光を放つ6つの黙示録。


【収録作品】
UFOが釧路に降りる
アイロンのある風景
神の子どもたちはみな踊る
タイランド
かえるくん、東京を救う
蜂蜜パイ

震災から10年経ったので、ちょうどいい機会だから震災が関わってくる本を読んでみよう、ということでまずは村上春樹さんのこの短編集から。
全6作、舞台となる場所も、主人公の性別も年齢も、全く異なるのにすべてに共通して流れる空気が、やっぱり村上作品だなぁと思いました。
この短編集を読んで、私はあの大震災に対する新たな視点を得たように思います。
それは、実際に地震に遭った当事者(=被災者)ではないからこそ語れる震災もあるのだということです。
この6つの短編の登場人物は、誰も直接地震の被害には遭っていません。
それでも何らかの形で地震の影響を受けています。
作者の村上さん自身が震災当時海外にいたから実際の地震の様子は書けなかったのかもしれませんが、実際に経験しなくても、あの日テレビや新聞で倒壊したビルや高速道路を見て、空を焦がして燃え続ける炎を見て、瓦礫の山から這い出した人々の姿を見て、きっと日本中の、いや世界中の人々が何かを感じ、何らかの影響を受けたのでしょう。
よく「当事者にしか語る資格はない」といったような意見が聞かれますが、それは実は間違いなのかもしれません。
当事者ではないからこそ得たものや失ったものがあって、それを語ることもまた立派な「震災を語り継ぐ」ということなのだと思いました。
この作品は、震災からの物理的距離は遠くても、震災によって心のあり方や生き方に大きな影響を受けた人々の物語なのです。
6つの作品の中では最後の「蜂蜜パイ」が一番好きです。
ラストシーンの、新たな人生への第一歩を踏み出す決意をした主人公の姿が、復興していく神戸の街と重なって希望が感じられます。
独特の雰囲気はありますが、文章自体はとても読みやすく村上春樹ワールドへの入り口としてもよい本ではないでしょうか。