tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『盤上の敵』北村薫

盤上の敵 (講談社文庫)

盤上の敵 (講談社文庫)


我が家に猟銃を持った殺人犯が立てこもり、妻・友貴子が人質にされた。
警察とワイドショーのカメラに包囲され、「公然の密室」と化したマイホーム!
末永純一は妻を無事に救出するため、警察を出し抜き犯人と交渉を始める。
はたして純一は犯人に王手をかけることができるのか?
誰もが驚く北村マジック。

痛い、痛い。
評判通りの痛さでした、北村薫さんの『盤上の敵』。
しかし、ただ痛いだけの作品でないところはさすが北村さんです。


主人公はテレビ局に勤める純一。
ある日純一が家に帰ってくると、自宅の周りを警察が包囲していた。
家に電話を入れてみる純一。
それは純一の妻・友貴子を人質に家に立てこもった男につながった…。


この作品は、チェスにたとえて書かれています。
純一は「白のキング」。
友貴子は「白のクイーン」。
二人の家に立てこもった犯人は「黒のキング」でしょうか。
そしてもうひとり、「黒のクイーン」である女性が存在します。
この女性は友貴子の中学時代の同級生なのですが、この女性が持つ「闇」がこの作品の核になっています。


その闇は、今も世界のあちこちで姿を現しています。
以前テレビで内戦の地の様子を映していました。
10代で銃を持たされ、人殺しを強要された少年たち。
敵の兵士に乱暴され、身ごもった少女たち。
彼ら、彼女らの多くは、抵抗する気力を奪うために、肉親を目の前で殺され、自らも手足を切り落とされていました。
それを観て、どうしてこんなむごいことができる人間がいるのだろうと思ったのをよく覚えています。
しかし、このような残酷な行為ができるというのも、人間の本質の一部なのかもしれません。
今この日本は平和だから気付きませんが、それでもほんの数十年前には日本人もアジアの人々に対して残虐行為を行った事実があります。
『盤上の敵』は、北村さんがこのような人間の闇から目をそらさず、正面から見つめ、描いた作品なのです。


「白のクイーン」友貴子が語る過去の話は、あまりに痛くて辛くて読み苦しかったです。
それでも最後まで読み通せたのは、ミステリとしても非常に完成度の高い作品だからです。
友貴子の語る「痛い」部分ばかりにとらわれていると、見事に北村氏の術中にはまってしまいます。
私もすっかりだまされてしまいました。


人間の持つ闇に翻弄される「白のクイーン」。
チェスのゲームでそうであるように、クイーンを守るべく動く「キング」。
彼らに幸せな結末を、祈らずにはいられません。