tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『魔眼の匣の殺人』今村昌弘


その日、神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と剣崎比留子を含む9人が、人里離れた班目機関の元研究施設“魔眼の匣”を訪れた。その主であり、予言者として恐れられている老女は、来訪者に「あと二日のうちに、この地で4人死ぬ」と告げた。施設と外界を結ぶ唯一の橋が燃え落ちた後、予言が成就するがごとく一人が死に、閉じ込められた葉村たちを混乱と恐怖が襲う。さらに客の一人である女子高生も予知能力を持つと告白し――。残り48時間、二人の予言に支配された匣のなかで、葉村と比留子は生き残って謎を解き明かせるか?! ミステリ界を席捲した『屍人荘の殺人』シリーズ第2弾。

今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』はいろんな意味で衝撃的でした。
デビュー作にしてミステリランキング4冠に輝いたのも納得の作品である一方、個人的には○○○が苦手というのが足を引っ張りあまり高い評価はしなかったのですが、ミステリとしては面白く、葉村と比留子のコンビのその後も気になったので、続編である本作も読んでみることにしました。


1作目『屍人荘の殺人』は、何と言ってもクローズドサークルの作られ方が衝撃的でした。
さて今回は何をもって驚かせてくれるんだろう?と思ったら、なんと予知能力を持つ老女が登場します。
その予言は本物で、彼女の未来に関する予知は必ず現実になるのです。
しかも、その予言者が住む「魔眼の匣」を訪れた女子高生までもが、予知能力を持っていることが判明します。
この2人の女性が持つ予知能力を前提とした謎解きという、非常に特殊な設定のミステリ、それが本作の大きな特徴であり、魅力です。
特に犯人の殺人の動機はこの作品でなければありえないような動機で、非常に驚いた――というよりは面食らいました。
今まで多くのミステリを読んできましたが、まさに前代未聞の動機で、現実の殺人事件においてもこんな動機が語られることはまずないと断言できます。
ですがこの動機自体は比較的早い段階で明らかにされており、本作における最大の謎というわけではありません。
クローズドサークル下での殺人事件なので容疑者の人数が少なく、読者が真相にたどり着くのも難しくはないのでは?と思うのですが、実際のところはさっぱりわかりませんでした。
途中、とある登場人物に関するミッシングリンクに気づいた!……と思ったのですが、いわゆるレッドへリングで、さすがにそう簡単には真相にたどり着かせてくれないなとため息をつくことになりました。


あまり謎解きに触れるとネタバレになりそうなのが怖いので、本作の別の魅力に触れておきます。
それは、主人公である葉村と比留子の関係です。
同じ大学のミステリ愛好会に所属するふたりは、『屍人荘の殺人』において協力して謎を解いたことをきっかけにコンビを組むことになります。
事件を呼び寄せる体質で、それによって今までたくさんの死を見てきたという不幸体質の持ち主である比留子。
並外れた美貌を持つという彼女の設定はありがちではありますが、ミステリにおける探偵役の神秘性を際立たせてもいます。
そんな彼女のワトソンにならなければと奮闘するのが主人公の葉村。
彼らの関係はホームズとワトソンの関係でもあり、恋愛関係に発展しそうな様子も匂わせており――で、これは気にならないわけがないだろう、というような関係なのです。
本シリーズには班目機関という、おそらくシリーズを通して葉村と比留子が追っていくことになるであろう謎の組織の存在があるのですが、この組織を追っていく中で葉村と比留子の関係も変わっていくのだろうなという、『屍人荘の殺人』を読んだときに感じたことが、2作目である本作ですでに現実になってきています。
私としては理想的な展開でうれしく思いましたし、今後のシリーズも追い続けていく大きな理由になりました。


犯人が明らかになって、全部謎は解けたと思ったところからさらにもうひとつのどんでん返しが用意されている辺りが憎いですね。
前作ほどのインパクトはないものの、謎解きの魅力とどんでん返しの面白さは十分に味わえる作品でした。
最後の一文は続編につながっているものと思われます。
すでに刊行済みの『兇人邸の殺人』の文庫化が今から待ち遠しいです。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

2022年10月の注目文庫化情報


そろそろ秋も本格化してくる頃でしょうか。
9月は台風が多かったので、10月はいい天気が続くといいですね。


さて、10月の新刊はバラエティに富んでいる印象ですね。
宮部さん、貫井さん、伊坂さんといった好きな作家さんの名前が並んでいてうれしいです。
そして、残念ながら亡くなられた山本文緒さんの『自転しながら公転する』はツイッターなどでも評判がよかったと記憶しており、絶対に読まなければと思っています。
新たな作品が読めなくなったのは残念ですが、亡くなった後も作品が残り読まれ続けることが、作家さんにとっては何よりの弔いになるのでしょう。
読むのが楽しみです。

『落日』湊かなえ


わたしがまだ時折、自殺願望に取り付かれていた頃、サラちゃんは殺された──
新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。
十五年前、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた『笹塚町一家殺害事件』。
笹塚町は千尋の生まれ故郷でもあった。香はこの事件を何故撮りたいのか。
千尋はどう向き合うのか。そこには隠された驚愕の「真実」があった……令和最高の衝撃&感動の長篇ミステリー。

湊かなえさんらしい、丹念にひとつの事件の謎を追うミステリです。
「令和最高の衝撃&感動」はさすがにちょっと言いすぎな気はしますが、いくつもの謎や登場人物たちの意外な関係性が絡み合って、読ませる作品でした。
ドラマ化も決まっているそうですが、映画監督や脚本家が映画を作るために事件に向き合い取材をして真実に迫っていく話なので、映像化向きの作品であるのも確かです。


主人公の甲斐真尋は、「甲斐千尋」のペンネームで活動する脚本家。
ある日、国際的な映画賞を受賞し注目を集める映画監督の長谷部香から、「笹塚町一家殺害事件」についての映画を撮りたい、ひいては笹塚町出身の真尋に脚本を書いてもらえないかという相談を受けます。
事件の被害者である立石沙良という少女と、幼い子どもの頃に同じアパートに住んでいたという香は、事件について知りたいから映画を撮りたいのだと言いますが、一方の真尋は今さら事件について知りたいことなどないと、一度は香からの依頼を断りました。
同じ町に暮らしたことのある、ふたりの女性の異なる考え方が興味深いです。
香は「知りたい」という欲求が強く、彼女にとって「知ること」は「救い」なのだ、ということが、彼女の生い立ちとともに徐々に語られていきます。
そして真尋は「知ること」に対してどちらかというと後ろ向きで、見たいものだけを見ようとするタイプです。
対照的なふたりですが、真尋は結局、映画の脚本を書くために香とともに事件について調査を始めます。
事件について調べるためには、故郷の笹塚町に戻る必要も出てくる。
そしてそれは真尋にとって過去へさかのぼり、自らの生い立ちや心の傷とも向き合っていくプロセスになります。
向き合うことを避けてきたものと向き合うのはどんなに苦しいことだろう、と胸が痛みますが、最終的に事件の真相にたどり着き、自らの過去に関する真実をも掘り起こした真尋は、間違いなくそれによって「救われた」のだと感じました。
まったく逆のタイプだと思われた真尋と香が、最後に同じ地点にたどり着く過程が読み応えたっぷりです。


まったく関係がないと思われた2人の人物の間に実は接点があった、というような描写が多く、頭の中で人間関係を整理するのが少し大変でしたが、同時にパズルのピースがきれいにはまるべき場所にはまっていく快感もありました。
きれいにはまりすぎてうっかりするとご都合主義的になりそうですが、舞台の笹塚町が地方の小さな町であることが、人間関係の狭さを説得力のあるものにしています。
そして、小さな町だからこそ、無責任な噂だけが広まって、真相に迫ろうという人は現れなかったのかもしれません。
けれども、真実を知ろうとしないで、勝手な憶測や想像で何かを語ることがいかに危険で愚かなことか。
誰もがSNSで発信をするようになった今、デマの危険性やファクトチェックの大切さを感じる機会は増えました。
「笹塚町一家殺害事件」は、引きこもりの青年によってその両親と妹が殺されるという、人の関心を引きやすい事件でした。
週刊誌に殺された妹の沙良に虚言癖があったという記事が掲載されたというエピソードが出てきますが、SNSが普及した時代の話であったらその記事を元に憶測や想像でさまざまな真偽不明の個人の意見が投稿され、真実はさらに見えづらいものになっていたのではないかと考えられます。
香や真尋が事件の真相を調べるにあたり、もちろんインターネットや過去のマスコミ報道も参照していますが、いくらインターネットが便利でも、あるいは過去の新聞や雑誌などにアクセスできたとしても、真実を知るためには結局は自分の足で現地に出向いて、関係者から話を聞いて、地道に丹念に隠された糸を手繰っていくしかないのです。
真実を知ろうとすることの大切さ、そして難しさに、ハッとさせられました。


イヤミスの女王」などという異名もある湊さんの作品ですが、本作の読後感は意外にもさわやかでした。
「落日」というタイトルからは暗いイメージが浮かびますが、日が沈んだ後、その日はまた必ず昇ってくる。
真実を知ることによって生まれてきた希望に、胸があたたかくなりました。
☆4つ。