tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』青柳碧人


日本の昔話をミステリで読み解き好評を博した『むかしむかしあるところに、死体がありました。』に続き、西洋童話をベースにした連作短編ミステリが誕生しました。
今作の主人公は赤ずきん
――クッキーとワインを持って旅に出た赤ずきんがその途中で事件に遭遇。
「シンデレラ」「ヘンゼルとグレーテル」「眠り姫」「マッチ売りの少女」を下敷きに、小道具を使ったトリック満載!
こんなミステリがあったのか、と興奮すること間違いなし。
全編を通して『大きな謎』も隠されていて、わくわく・ドキドキが止まりません!

日本の昔ばなしを題材にしたミステリ『むかしむかしあるところに、死体がありました。』が面白かったので、今度は西洋の童話を下敷きにした本作もとても楽しみにしていました。
ミステリとして面白いのはもちろん、童話という題材の活かし方にも、登場人物のキャラクター付けにも工夫が感じられ、意外なほどに読み応えのある作品になっているのが魅力的です。


本作の主人公は、タイトルにもあるとおりの赤ずきん
クッキーとワインの入ったバスケットを持って旅をしている赤ずきんが、その道中で恐ろしい殺人事件に遭遇しますが、彼女は優れた洞察力と推理力で事件の謎を解き明かしていきます。
「あなたの犯罪計画は、どうしてそんなに杜撰なの?」という名探偵っぽい決めゼリフまであり、読み進めるうちにすっかり赤ずきんと探偵という本来は結びつくはずのないイメージが強固なものになってしまいました。
第1章「ガラスの靴の共犯者」ではシンデレラと共にお城での晩餐会に出席し、第2章「甘い密室の崩壊」ではヘンゼルとグレーテルが発見したお菓子の家に行き、第3章「眠れる森の秘密たち」では眠り姫がこんこんと眠り続けている城を訪れ、と赤ずきんが他の童話の主人公たちと出会っていく旅の物語には、魔法や人語を操る動物などファンタジー要素があるためか、どこかRPGめいた雰囲気もあります。
ミステリとしてもフーダニット (犯人当て) はもちろんのこと、倒叙ものに密室殺人、ギミックを用いたトリックなどもあって、あの手この手でミステリ好きの心をくすぐってくれました。
それだけではなく笑えるポイントも随所にあり、特に第3章では眠っているだけの眠り姫が怪しげな他の登場人物たちのせいで散々な目に遭っていて、その様子を想像してみるとかわいそうというよりも滑稽で笑えてきます。
ミステリとしてはなかなかの本格派なのに、基本はコメディーというギャップが楽しいです。


そしてもうひとつ、本作の大きな魅力は、最終章の「少女よ、野望のマッチを灯せ」でその姿を現します。
本作は連作短編集という形式をとっており、この最終章で赤ずきんの旅の目的が明らかにされるのです。
赤ずきんがひとりで長い旅をしていた理由、ワインとクッキーを持っていた理由、マッチ製造業で大成功を収めたエレンという名の少女経営者との因縁などが一気に明かされ、最終的には赤ずきん対エレンという対決の構図が描かれます。
3章までを読んでいた印象では、このような展開になるとは思いもせず、コメディー調から一気にシリアスな復讐物語へとがらりと雰囲気が変わったことに驚かされました。
各章で登場した人物が再登場して赤ずきんに協力したり、これまでにない大掛かりなトリックが登場したりと、まさにクライマックスにふさわしい盛り上がり。
また、これまでの3章の物語がすべてグリム童話を下敷きにしていたのに対し、最終章はアンデルセン童話だというのはなぜだろうと考えながら読んでいたら、物語中にアンデルセン本人 (?) が出てきたのにも驚きました。
アンデルセン童話の「マッチ売りの少女」はご存じのとおり、その悲劇的な結末が印象的な話ですが、本作の最終章も同様に悲劇的で切ない余韻の残る結末を迎えます。
日本の昔ばなしは最後は「めでたしめでたし」となるものが多いように思いますが、西洋の童話、特にアンデルセン童話は「マッチ売りの少女」にしても「人魚姫」にしてもハッピーエンドではないということを改めて思い出し、本作の結末も原典に倣ったものなのだろうなと感じました。


童話というとメルヘンな雰囲気を思い浮かべますが、『本当は恐ろしいグリム童話』という本があったように、グロテスクな部分もあるというのが実際のところです。
そのせいか、西洋童話と血なまぐさい殺人事件とは意外に相性がいいように思いました。
作者もそこに着目した……のかどうかはわかりませんが、日本の昔ばなしに続いて西洋童話を元にした本格ミステリというのはなかなか優れた発想だというのは確かです。
そしてなんと本作、ネットフリックスで映画化されるとのこと。
また、続編も刊行されるとのことで、今後の展開にも期待が持てます。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『イマジン?』有川ひろ


「朝五時。渋谷、宮益坂上」。 その9文字が、良井良助の人生を劇的に変えた。飛び込んだのは映像業界。物語と現実を繫げる魔法の世界にして、ありとあらゆる困難が押し寄せるシビアな現場。だがそこにいたのは、どんなトラブルも無理難題も、情熱×想像力で解決するプロフェッショナル達だった! 有川ひろが紡ぐ、底抜けにパワフルなお仕事小説。

有川ひろさんというと、甘々のラブコメを思い浮かべる人も多いでしょうが、実は熱血お仕事小説も得意とされている方なのです。
本作もかなり熱いお仕事小説。
主人公の良井良助 (いいりょうすけ) の一生懸命さがさわやかな、若者の成長物語でもあります。


映像業界に憧れて映像の専門学校を出たものの、思わぬ不運で就職をふいにし、アルバイトで食いつないでいる良助。
ある日強面の先輩に強引に招集をかけられたのは、とある人気テレビドラマの制作現場でした。
映像制作会社「殿浦イマジン」のアルバイトから社員に登用され、ついに映像業界で働くという夢を叶えた良助は、映画や2時間ドラマなど、さまざまな現場を経験していきます。
良助が最初にアルバイトとして入った現場は、自衛隊をテーマにしたドラマ「天翔ける広報室」の撮影でした。
……ん?なんだか聞いたことのあるようなタイトルですね。
その後も有川さんの映像化作品を彷彿とさせるタイトルが登場します。
有川さん、自分の作品の映像化を通して見聞きした映像業界の実態を小説にしちゃうとは、なかなかちゃっかりしてるなあという感想を抱きますが、それがちゃんと小説として面白いのだからさすがです。
自作の映像化に際してそれほど深くかかわらない作家さんもいるようですが、有川さんはちゃんと現場を見に行って、作家らしい観察力でしっかり取材もされたのでしょう。
「天翔ける広報室」の現場が雰囲気のよい現場だというのは、有川さんが見に行ったあのドラマの現場が実際にそうだったのだろうなというのがうかがえて、有川さんの小説だけではなくその映像化作品も好きならばファン心をくすぐられること間違いなしです。
作品がいくつも映像化されている有川さんだから書ける、映像業界の裏側をのぞき込むようなエピソードの数々に、おおいに好奇心を刺激されました。


本作は憧れの映像業界に入った若者がさまざまな試練に見舞われながら経験を積み、少しずつ成長していく物語ですが、私が一番いいなと思ったのは、「夢が叶ったその先」を描いていることでした。
良助は子どもの頃からの「映像業界で働く」という夢を叶える直前に高い壁に立ちはだかられ、半ばあきらめ気味だったところにアルバイト先の先輩に映像制作会社でのアルバイトに誘ってもらうという幸運をつかみました。
そこまでは人の縁がもたらす僥倖だったといえますが、その後そのアルバイトの現場で未熟ながらも懸命に働いて社員登用のチャンスをつかめたのは、良助自身の努力と実力によるものです。
苦労人の良助だからこそ、映像業界に入れたことはそれだけで大きな喜びだったことでしょう。
ですが、憧れの業界で働くうちに、良助ははたと気づくのです。
映像業界に入ることはゴールではなく、スタートだったのだ、と。
それまでの一番の夢が叶ってしまって目標を見失いがちだった良助にとって羅針盤となるのは、「殿浦イマジン」で共に働く人々です。
一言に「映像業界の仕事」といっても、それは他の業界と同じく職種は多岐にわたります。
監督・助監督など制作に直接かかわる仕事もあれば、裏方仕事もありますし、お金を管理する経理だって現場からは遠くても重要な仕事です。
そうしたさまざまな職種の人間が協力し合ってこそいい映像作品が作れる。
そのことに気づいた良助が「夢を叶えたその先の夢」を見つけるべくがむしゃらに仕事に取り組んでいく、その姿がとてもさわやかでした。


お仕事小説としても若者の成長物語としても面白かったですが、単純に映画やドラマの制作現場の裏側を知れるのが楽しかったです。
なかなか見学したいと思っても見学できるものではありませんからね。
有川さん自身の主張が感じられる部分もあり、有川さんのファンには間違いなくおすすめできる作品です。
☆4つ。

『いけない』道尾秀介


ラスト1ページですべてがひっくり返る。
話題の超絶ミステリがついに文庫化!
各章の最後のページに挟まれた「写真」には、物語ががらりと変貌するトリックが仕掛けられていて……。
2度読み確実!あまりの面白さが大反響をもたらした、道尾秀介渾身の超絶ミステリ。

短編の物語を読んだ後、最後のページに掲載されている写真をよく見れば物語に残った謎が解けるという、最後の推理を読者に委ねるタイプの謎解きミステリです。
クイズ好きや「読者への挑戦状」好きにはたまらない趣向ですね。
私もこういう謎解きが大好きなので、全3話+αをワクワクしながら読みました。


3つの話の舞台は共通していて、蝦蟇倉 (がまくら) 市と白沢 (はくたく) 市という隣接する2つの地方都市で起こる3つの事件が描かれます。
この蝦蟇倉市は東京創元社から刊行された、人気ミステリ作家が競演するアンソロジーのために創造された舞台で、私はこのアンソロジーを過去に読んでいました。
本作の第一章「弓投げの崖を見てはいけない」がアンソロジーに収録されていた作品なのですが、アンソロジー収録時のものと大筋や結末は変わらないものの、改稿された部分が多く、謎解きの趣向も変更されています。
アンソロジー収録時には文章のみで結末を推理するようになっていたのですが、それが写真を見て推理する方式に変更され、謎解きとしてよりわかりやすく、推理しやすくなっていました。
推理しやすくなったことで、物語の読後感を味わいやすくなったのではないでしょうか。
真相に気づいたときのぞっとするような印象が後を引きます。
やはり本作は「本当の」結末を理解してこその物語です。


第二章「その話を聞かせてはいけない」は第一章が刑事視点の物語だったのが一転して、小学生の男の子の視点になりがらりと雰囲気が変わっています。
男の子が文具店である事件を目撃し、その後絶体絶命の危機に陥るのですが、そこに現れたのは――。
個人的にはこの章が謎解きは一番簡単に感じました。
文章だけでもある程度の推理が可能だったので、最後の写真はその答え合わせという位置づけになりました。
第一章と同様に、写真の意味が分かるとちょっとぞっとする結末ではあるのですが、この第二章はある意味でホッとする結末でもあり、なんとも複雑な気分が味わえます。


第三章「絵の謎に気づいてはいけない」では、第一章に登場した人物たちが再び登場します。
第一章は後の展開が気になる終わり方だったので、後日談が読めてうれしくなりましたが、これまた結末にぞっとしました。
最後のページの写真が示す「真相」も衝撃的です。
謎解きとしてはそれほど難しくはなく、作中に登場する絵と写真をよく見比べて、文章の最後に書かれていることとを考え合わせればすぐに意味が理解できますが、明らかになった真相には嫌な気持ちが湧き上がってきます。


こうして3つのぞっとする結末を読んだ後の短い終章「街の平和を信じてはいけない」がなんともまた印象的です。
非常に穏やかで、さわやかなラストシーンが描かれますが、3つの結末の意味をすべて理解した読者には、このラストシーンは見た目どおりのものではないということがわかります。
皮肉が効いた結末に、心がざらつくような嫌な感覚が残りました。
読後感は決して良くはありませんが、謎解きとしては難易度もほどほどで十分楽しめます。
続編の『いけないII』も刊行されるとのことなので、まずは本作で腕試しができてよかったです。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp