tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『サラバ!』西加奈子

サラバ! 上 (小学館文庫)

サラバ! 上 (小学館文庫)

サラバ! 中 (小学館文庫)

サラバ! 中 (小学館文庫)

サラバ! 下 (小学館文庫)

サラバ! 下 (小学館文庫)


僕はこの世界に左足から登場した―。圷歩は、父の海外赴任先であるイランの病院で生を受けた。その後、父母、そして問題児の姉とともに、イラン革命のために帰国を余儀なくされた歩は、大阪での新生活を始める。幼稚園、小学校で周囲にすぐに溶け込めた歩と違って姉は「ご神木」と呼ばれ、孤立を深めていった。そんな折り、父の新たな赴任先がエジプトに決まる。メイド付きの豪華なマンション住まい。初めてのピラミッド。日本人学校に通うことになった歩は、ある日、ヤコブというエジプト人の少年と出会うことになる。

西加奈子さんの作品を読むのはまだ2作目なのですが、2作目にして早くもこれが当分はベストだろうと思える作品に出会ってしまいました。
もしかしたら、今年読んだすべての本の中でもベストかも……。
それくらい、圧倒的な物語の世界に惹きつけられ、没頭しました。


本作は圷歩 (あくつあゆむ) というライターが書いた自叙伝という体をとった小説です。
ですが、イランで生まれてエジプトと大阪で育つという経歴は、作者の西さん自身の経歴と同じなので、西さん自身の自叙伝でもあるのかもしれません (主人公は男性なので、もちろん西さん自身の半生とは異なる部分も多いのだろうとは思いますが)。
そのため、さすがに作者自身がはっきりとした記憶を持っていると思われるエジプト・カイロの描写にはとてもリアリティがあり、行ったことのない私の脳裏にも、ありありとカイロの風景が浮かんできました。
空港のトイレでの印象的なできごと、メイドさんのいる豪邸での生活、ピラミッドを見に行ったこと、現地の日本人学校の様子などなど、まだ子どもである主人公の目線で見たカイロが生き生きと描かれており、海外に興味のある私にはとても魅力的で、ワクワクしながら読みました。
そして、このカイロで歩はヤコブという少年との運命的な出会いを経験します。
言語の壁を超えて、ふたりは親友となりますが、そのふたりの深い友情と愛情を表す象徴のような言葉として使われるのが、本書のタイトルになっている「サラバ」という言葉です。
単に「さようなら」という意味だけではなく、いろいろな意味を込めてこの言葉を交わしてきたふたりが、歩の帰国に伴う別れの場面で発する「サラバ」は特に胸に響くものがあり、泣かされました。
ここまでが上中下巻のうちの上巻の内容。
全体の3分の1ですでに私はこの物語に圧倒されていました。


そして、中巻以降物語は一気に加速していきます。
容姿に恵まれ、優秀な歩は華々しい青春時代を送ります。
高校でもよい出会いに恵まれ、本や映画や音楽に親しんだことが歩のその後の人生にも影響することになります。
その一方で、幼い頃から変わり者だった歩の姉・貴子は、母親とうまくいかず、学校ではいじめを受け、高校に進学せずほとんど引きこもりになってしまいます。
両親の仲は悪化し、圷家は崩壊状態となりますが、歩はそうした家族の問題から目を背け続けました。
それが問題だったのか、自分の芯のようなものを持てないまま大人になった歩は、30代に入ってからそれまでの成功が嘘のように転落していきます。
そんな歩を救うのが、かつては歩にとって厄介な存在だった姉の貴子だというのが皮肉でもあり、感動的でもありました。
世界各国をめぐり、自分の信じるものを見出した貴子の言葉は、歩にも響いたでしょうが、私にも強く響きました。
この物語は「自らの信じるもの」を探し、見つける物語であり、つまるところそれこそが生きるということなのでしょう。


歩は自分の「信じるもの」を見つけるまでの半生を物語として書き、書くことによって救われます。
多くの本好きが経験するように、物語は読者を救うものでもあります。
私も子どもの頃からたくさんの物語に救われてきたひとりですが、私を救ってくれた物語を書いた人も書くことによって救われていたとしたら、それはなんと素晴らしいことかと胸がいっぱいになりました。
思った以上に骨太で、力強くて、重いものも含んだ物語でしたが、登場人物がみな個性的でユーモアもあって、楽しく読めました。
個人的に、主人公の歩と同じ世代なので、育ってきた時代の空気感が手に取るように分かり、それも感情移入しやすい一因だったと思います。
物語の持つ力に、改めて感じ入った作品でした。
☆5つ。