tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『夜行』森見登美彦

夜行 (小学館文庫)

夜行 (小学館文庫)


十年前、同じ英会話スクールに通う僕たち六人の仲間は、連れだって鞍馬の火祭を見物にでかけ、その夜、長谷川さんは姿を消した。十年ぶりに皆で火祭に出かけることになったのは、誰ひとり彼女を忘れられなかったからだ。夜は、雨とともに更けてゆき、それぞれが旅先で出会った不思議な出来事を語り始める。尾道奥飛騨津軽天竜峡。僕たちは、全員が道中で岸田道生という銅版画家の描いた「夜行」という連作絵画を目にしていた。その絵は、永遠に続く夜を思わせた―。果たして、長谷川さんに再会できるだろうか。怪談×青春×ファンタジー、かつてない物語。直木賞&本屋大賞ダブルノミネート作品。

夜は短し歩けよ乙女』や『聖なる怠け者の冒険』、『有頂天家族』などと比べるとずいぶん文学的な香りのする作品で、少々イメージチェンジ感もあります。
ですが、これはこれで、やはりまごうことなき森見ワールドだな、と。
ホラーっぽくもあり、ファンタジーっぽくもあり、青春時代を懐かしむノスタルジーもありで、ずいぶん欲張りにいろいろ詰め込んだなという印象ですが、このごちゃ混ぜ感と不思議で奇妙な世界観がクセになりそうでした。


若いころに同じ英会話スクールに通っていたという縁で集まった仲間たちが、それぞれの旅の話をするという物語です。
各人の旅先はさまざまですが、みな電車に乗っての旅行であるということ、そして旅先で不思議な出来事に出遭い、その不思議な出来事にはすべて岸田道生という銅版画家の「夜行」という連作が関係しているという点が共通しています。
「不思議な出来事」には人が姿を消すという出来事が含まれていて、人々がまるで「夜行」の絵画の中へ吸い込まれていっているような、ホラー的な不気味さに背筋がぞくりとしました。
けれどもそれは不快な不気味さではありません。
私はホラーは苦手な方で、積極的に読みたいとは思いませんが、本作はただ怖いだけのホラーではなく、どこか優しさも含まれているような気がしました。
それはファンタジー要素も多分に含まれているからでしょうか。
たとえ絵の中の別世界へ迷い込んでいたとしても、その人たちはたぶんひどい目には遭っていないんじゃないかな、というのがなんとなく想像されるような雰囲気があるのです。
どこがどう、と聞かれると答えに困るのですが、本作は登場する不思議や謎に対して明確な答えを与えてくれる作品ではないのですから仕方ありません。
作者が創造した世界の中で、読者が自由に想像の翼を広げることができる作品なのだと思います。
ミステリのような、論理的で明快な解答が示される作品を特に好んで読んでいる私ですが、こんなふうに読者に自由な解釈を委ねてくれる物語もよいものだなと思いました。


旅の話だけあって、旅情がかきたてられるところも私好みでした。
特に尾道の坂の町の描写が印象的で、実際に行ってみたくなりました。
それから、電車にも乗ってみたくなりますね。
普段乗り慣れている電車ではなくて、遠く離れた知らない場所の、夜を走るローカル列車に。
『夜行』というタイトルどおり、夜の場面が多い上に、どの話もひなびた場所が舞台になっているので、とても暗くて少し寂しい場所を走り抜けていく列車の情景が目に浮かびます。
闇の中を走っていく列車が、なんだかとても美しくて、まるでどこか別世界へ人々を運んでいくような、幻想的なものとして浮かび上がってきました。
闇の中で浮かび上がるというのは、それが光を放つものだからだということです。
そしてその光たる列車は、もうひとつの光に向かって、つまり、朝に向かって走っていく。
この物語の大部分が闇に沈んでいて、不思議で不気味な出来事が起こり、決してハッピーエンドでもないのに、それでも読後感が暗くなくむしろ明るいのは、だからなんだなと思いました。
闇と光は表裏一体、夜と朝も同じく。
闇を描くことによって、対照的な光を印象づける作品だといえるのではないでしょうか。


そういえば『夜は短し歩けよ乙女』をはじめとする他の森見作品も、夜の場面や闇が印象的な物語が多かったなと思い出しました。
それはもちろんファンタジーと相性がよいから、ということもあるのでしょうが、森見さん自身が夜を好んでいるということもあるんじゃないかという気がします。
これまでとは少し異なる雰囲気の森見ワールドを堪能できる一作でした。
☆4つ。