tontonの終わりなき旅

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『光の帝国 常野物語』恩田陸

光の帝国 常野物語 (常野物語) (集英社文庫)

光の帝国 常野物語 (常野物語) (集英社文庫)


膨大な書物を暗記するちから、遠くの出来事を知るちから、近い将来を見通すちから―「常野」から来たといわれる彼らには、みなそれぞれ不思議な能力があった。穏やかで知的で、権力への思向を持たず、ふつうの人々の中に埋もれてひっそりと暮らす人々。彼らは何のために存在し、どこへ帰っていこうとしているのか?不思議な優しさと淡い哀しみに満ちた、常野一族をめぐる連作短編集。優しさに満ちた壮大なファンタジーの序章。

恩田陸さんの作品を読むのも、考えてみれば久々かも。
ファンタジー好きなのでファンタジーという触れ込みに惹かれて読んだのですが、単なるファンタジーにとどまらない広がりを持った作品だと思いました。


この作品は、「常野(とこの)」と呼ばれる、特殊な「ちから」を持った人々を描く連作短編集です。
「常野」についてまとめて詳しく説明している箇所は本文中のどこにもなく、一つ一つの短編を読んでいくと少しずつこの不思議な一族の姿と歴史が浮かび上がってくるという構成になっています。
この本の中では詳しく書かれていないことも多く、謎もいろいろと残っていますが、設定はしっかりしていていくらでも世界が広がっていきそうな感じがします。
これほどの壮大な世界観を持つ作品であれば、長編シリーズものにしてもいいと思うのですが、そこをあえて連作短編集としているのが恩田さんらしいと思いました。
この1冊を読む限りでは世界が広がっていきそうであまり広がらないという印象もあり、少し物足りなさも感じるのですが、シリーズとして続いていくようですし、今後も物語が長く続いていき壮大なドラマが展開されることが期待できます。
この作品はその長い長い物語のほんの序章にすぎないのだと思うと、胸がわくわくしてきます。


「常野」と呼ばれる人たちは、並外れた暗記力を持っていたり、遠い場所の音を聴くことができたり、とても速く自分の足で移動できたり、空を飛べたり、予知ができたりといった人によって異なるさまざまな不思議なちからを持っています。
彼らはそれらのちからを磨き、次の世代へと受け継いでいきますが、そうしたちからを他の一般の人々にひけらかすようなことはしません。
むしろ、普段はそのちからを隠して、密かに生きているのです。
「常野」という言葉は、「権力を持たず、群れず、常に在野の存在であれ」という意味であるということに、彼らのあり方がよく表れています。
さまざまなちからを持ち、日本各地に散らばって別々に暮らしながらも、常野一族は遠いどこかで繋がっている。
だからなのでしょうか、この作品にも恩田さんらしいノスタルジーが確かに感じられます。
悲惨で辛い場面もけっこうたくさんあるのですが、それでいて悲しいだけの作品というわけでもなく、温かみも大いに感じられて、不思議な読後感を残す作品です。
今後常野一族の過去はどのように解明されていくのか?
彼らは何かと戦っているようですが、一体何と戦っているのか?
これから彼らがたどる運命は?
とにかくいろいろなことが気になって、今後のシリーズ展開が楽しみです。
シリーズ3作目まで刊行されているようですが、早速文庫化されている2作目を読み始めます。
☆4つ。