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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ガソリン生活』伊坂幸太郎

ガソリン生活 (朝日文庫)

ガソリン生活 (朝日文庫)


のんきな兄・良夫と聡明な弟・亨がドライブ中に乗せた女優が翌日急死!パパラッチ、いじめ、恐喝など一家は更なる謎に巻き込まれ…!?車同士がおしゃべりする唯一無二の世界で繰り広げられる、仲良し家族の冒険譚!愛すべきオフビート長編ミステリー。

この作品は新聞連載時に読んでいたので、今回は再読ということになります。
でも、連載を毎日追うのと、1冊の本として読むのとでは、やはり感覚が違いますね。
個人的には本として読む方が、内容が頭に残りやすく、続きを待つ必要がないので満足度も高かったです。
また、新聞連載時には未読だった『オー!ファーザー』の登場人物のゲスト出演に気付けたのも、再読してよかったと思えるポイントでした。
面白い作品は何度読んでも面白いというのは言うまでもありません。
さらに文庫版は書き下ろしのショートショートもついていてラッキーでした。


本作の面白さはやはり、主人公というか物語の語り手が「車」であることです。
シングルマザーの郁子、長男の良夫、長女のまどか、次男の亨という4人家族の望月家が所有している車で、緑色のデミオ、通称「緑(みど)デミ」の視点で話が進んでいきます。
緑デミをはじめ、本作の世界では車たちが会話をするのです。
もちろん人間とコミュニケーションを取れるわけではありませんが、車が感情を持ち、車同士で、時には電車などともおしゃべりをしている様子が描かれ、それがなんともかわいくて仕方ありません。
人間がマイカーに愛着を持つように、車の方も所有者に肩入れしているだなんて、車好きの人にとってはたまらない設定ですし、ということはつまり、作者の伊坂さんが車好きなんだなと想像できて、自分自身は別に車好きでなくても、微笑ましい気持ちになります。
本文で使われている表現も、車が主人公ならではというか、驚くとワイパーが動く(ような気分になる)とか、興奮するとエンジンがかかっていなくてもピストンが動く(ような気分になる)とか、思わずクスリと笑ってしまうようなユーモラスなものばかり。
さらに、人間たちの運転マナーの悪さや法律違反に憤ったり不安になったり、さらには事故や故障、そしてその先に待っている廃車という運命を心底恐れている描写を読むと、なんだか申し訳ないような気持ちにもなってきます。
私は現在ペーパードライバーで車を持っていませんが、もし今後車を運転するようなことがあったら、絶対安全運転を心がけようと思ってしまいました。
この本、ぜひ運転教習所や運転免許センターに置いておくとよいのではないでしょうか。


そんな緑デミの語る話の内容はというと、望月家がある事件に巻き込まれ、その真相に迫っていく過程を追うという、ミステリ仕立てになっています。
語り手が車という特殊性はありますが、ストーリーにはクセがないので非常に読みやすいです。
途中緑デミが盗難?されたり、まどかが拉致されたりと、ハラハラさせられる展開もありますし、妙に大人びてかわいげのない発言の多い亨の活躍ぶりなど、読みどころもたくさん用意されています。
緑デミがひょんなことから乗せることになる有名人の荒木翠が夫から受けるモラルハラスメントだとか、亨の同級生が人の恥ずかしい場面の動画をインターネットに公開するといういじめをやるだとか、非常に現代的な悪意を描いているところも興味深く読みました。
暴力も辞さない極悪人も登場し、決して車が擬人化されているほのぼのとしたファンタジーというだけではないところが、伊坂さんらしいなぁと思います。


小難しいことは考えずに楽しめるエンタメ性の高い作品です。
エピローグは何とも心憎い展開で、とても気持ちよく読み終われました。
全体を通して伊坂さんもきっと楽しんで書かれたんだろうなということが伝わってきました。
少し残念に思った点は、私がガンダムに疎いために、作中に頻繁に出てくるガンダムネタがほとんど分からなかったということくらいです。
☆4つ。