tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『僕らのごはんは明日で待ってる』瀬尾まいこ


兄の死以来、人が死ぬ小説ばかりを読んで過ごす亮太。けれど高校最後の体育祭をきっかけに付き合い始めた天真爛漫な小春と過ごすうち、亮太の時間が動きはじめる。やがて家族となった二人。毎日一緒に美味しいごはんを食べ、幸せな未来を思い描いた矢先、小春の身に異変が。「神様は乗り越えられる試練しか与えない」亮太は小春を励ますが…。泣いて笑って温かい、優しい恋の物語。

ストーリー的には非常に地味なんだけど、読んでいてなんとなく心地よい感じがいかにも瀬尾まいこさんらしい作品です。
そういえば瀬尾さんの恋愛小説は久々ですね。
個人的には瀬尾さんの作品は青春小説の方が好きではありますが、恋愛小説も悪くないなと思える読み心地でした。


この作品の特徴は、「普通であること」だと思います。
主人公の亮太も、その彼女となる小春も、とても普通の人たち。
亮太は高校生だった兄を亡くして落ち込んでいるとか、実は小春の育ての親は祖父母だとか、そういう家庭の事情はそれぞれ抱えているけれど、本質的にはどこにでもいる善良な一般市民です。
特に人より秀でた特技があるわけでもない、大きな野望や夢を持っているわけでもない、本当に普通の高校生だった彼らが、体育祭で同じ競技に出ることになり、それをきっかけに距離が縮まって付き合うことになるという、ごく普通の恋愛物語が展開します。
ふたりを結びつけた体育祭の競技が「米袋ジャンプ」(ふたり一緒にひとつの米袋の中に入って、ぴょんぴょんとジャンプで前進してゴールを目指す) という、いまひとつかっこよさに欠けるお笑い系(?)競技だというのも、ドラマチックな雰囲気が全くないところが普通っぽさを強調しています。


そして、小春からの告白にしてもロマンチックでもなんでもなく、日常の会話の延長線上になされる感じが、さらに普通っぽい。
もちろん亮太は突然の告白を受けて動揺はしていますし、それなりにふたりにとっては劇的なできごとなのかもしれませんが、小説としては盛り上がりに欠けるとすら言えるかもしれません。
それでも、そんな「普通っぽさ」が実に心地よくて、小説としてもつまらなくないのです。
晴れて恋人同士となった亮太と小春の付き合い方にしても、ふたりの性格も影響してか、とてもさばさばした、友達よりちょっと進んだ付き合いぐらいのレベルにとどまっていて、ドロドロしたものはもちろん、ベタベタ甘いものも感じられません。
それでも、ふたりの間に通い合うあたたかな絆は確かに感じられて、これは確かに恋愛小説なのだと認識させられます。
有川浩さんのラブコメのようなベタ甘描写は一切ありませんが、それでもこんなさっぱりとした恋愛小説もアリだと思わせる力をしっかり持っているのです。


そんなふうに普通のカップルの普通の恋模様を描く物語が続いた後、最終話になって突然ふたりの身に大きな問題が降りかかってきます。
それは、小春の思いがけない病気。
兄を亡くした経験から、病院という場所が苦手になっていた亮太ですが、大切な小春のこととなれば逃げているわけにもいきません。
彼なりに、不器用ながらも小春を励ます様子に、亮太の成長ぶりが感じられてほっこりしました。
お互い家族を失うという経験をしたからこそ、ふたりで理想の家族を築くのだという思いが強かっただろうふたりに、神様はなんと残酷な試練を与えるのかと思いますが、このふたりなら大丈夫という感じもして、あまり悲壮感も不安もありませんでした。
他の作家さんが書いたらもっと重く苦しく辛いトーンにもなりそうですが、これだけさらっと描いて物語全体をさっぱりと明るくあたたかい雰囲気で貫き通すのが瀬尾さんらしいし、瀬尾さんの上手さだとも思います。


来年映画化されるそうですが、映画でもさばさばと明るい空気感を出してくれたらいいなと思います。
恋愛小説が苦手な人でも読みやすそうな、とても気持ちのよい作品でした。
☆4つ。