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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ふくわらい』西加奈子

ふくわらい (朝日文庫)

ふくわらい (朝日文庫)


マルキ・ド・サドをもじって名づけられた、書籍編集者の鳴木戸定。
彼女は幼い頃、紀行作家の父に連れられていった旅先で、誰もが目を覆うような特異な体験をした。
その時から彼女は、世間と自分を隔てる壁を強く意識するようになる。
愛情も友情も知らず不器用に生きる彼女は、愛を語ってくる盲目の男性や、必死に自分を表現するロートル・レスラーとの触れ合いの中で、自分を包み込む愛すべき世界に気づいていく。
第1回河合隼雄物語賞受賞作。「キノベス! 2013」1位。

初めて西加奈子さんの作品を読みました。
ずっと気になっていたのに、なかなか手に取る機会がなく……。
ようやく!の西加奈子作品との出会いは、なんとも鮮烈で衝撃的なものとなりました。
最初から最後までとにかく「こんな物語は初めて」という思いがついてまわりました。


まず、「普通じゃない」登場人物たちが、非常に新鮮で強烈な印象を植えつけます。
主人公の鳴木戸定(なるきどさだ)がかなりの変わり者。
名前も変わっていますが、それ以上に生い立ちがすごい。
紀行作家の父に連れられ、幼い頃から世界各地を旅して回り、さまざまな異文化を経験して育った人ですが、その異文化というのがかなり強烈です。
先進国の現代的な文化ではなく、原始的な匂いのする文化が主で、そのために定の経験は他の「普通の」日本人には眉を顰められたり、時には蔑まされたりするようなこともあるようなものです。
そういう文化の中で育ってきた人だから、当然日本人としてはかなり「変わっている」と思えます。
もし自分の近くに定のような人がいたら、私も「変な人」と思って避けたり身構えたりしてしまいそうです。
別に、悪い人ではないのですが。
仕事はできるが友情も恋愛も知らず、唯一の趣味は福笑いで、福笑いを極めるあまりに周りの人の顔で福笑いをしてしまう(想像上で)というこれまた一風変わった特技(?)もあります。
そして、定だけでなく、定の周りにいる人もかなり変わっています。
プロレスラーであり、雑誌で連載も持っている守口廃尊(もりぐちばいそん)。
定が渋谷で出会った白杖の男性・武智次郎。
定に感化されたというわけではなく、彼らも元から日本社会では「変わっている」と見られがちなタイプだと思います。


でも、読み進めるうちに強い疑問が湧いてくるのです。
そもそも、「普通」って何だろう?――と。
定が経験してきたことだって、その経験から生まれる彼女の言動だって、日本という場所だから「変わっている」と思われるのであって、この広い地球上にはそれが「普通」とみなされる場所もあるわけです。
そして、定本人にとっては、それが彼女の「普通」なのであり、定という人間そのものでもあるのです。
日本生まれの日本育ちという狭い世界に生きている私に、自分を基準にして定を「普通じゃない」と決めつける権利があるのかどうか。
定にエキセントリックな部分があることは否めないという感じもしますが、「普通じゃない」という言葉だけでは定という人を表すことはできません。


では自分という人間は一体何者なのか、「人を知る」ということはどういうことなのか、というのが次なる疑問です。
定は狭い人間関係しか持っていない人ですが、その狭い関係の中で、自分という人間を知っていきます。
福笑いが趣味で、人の顔にばかり興味を持つ定ですが、顔だけではなく、身体も、心も、生まれてからこれまでに積み重ねてきた経験も、紡ぎだす言葉も、そういったすべてがひとりの人間をつくっているのだということを悟っていくのです。
さらに、そうしたひとりひとりが、この世界をつくっているのだということも。
終盤の、定と守口が向かい合って話をする場面は、なんだか泣けて泣けて仕方がありませんでした。
好きだと思える人のことをさらによく知って、それによって世界が広がっていくことを体感した定が、とてもうらやましいと思いました。


うまく感想が言葉になりませんが、言葉について語る場面がありながら、言葉では表せない、とても身体的な感覚をも描く作品で、それが面白いと思いました。
一歩間違うとただの下品なエログロになりそうな場面も多々あるのですが、ギリギリのところで不快なものにならない、絶妙のバランス感覚を持った描写もすごいと思いました。
今まで読んだどんな小説とも違っていて、とても新鮮でしたが、すごく好きだともすごく面白いとも思えなかったので☆の数はとりあえず4つです。
それでも、今年一番強い印象を受けた読書だったことは間違いありません。
この1冊だけで西加奈子ワールドを理解し、十分に味わうのは到底不可能だと感じたので、また他の作品を必ず読もうと思います。