tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ピース』樋口有介

ピース (中公文庫)

ピース (中公文庫)


埼玉県北西部の田舎町。元警察官のマスターと寡黙な青年が切り盛りするスナック「ラザロ」の周辺で、ひと月に二度もバラバラ殺人事件が発生した。被害者は歯科医とラザロの女性ピアニストだと判明するが、捜査は難航し、三人目の犠牲者が。県警ベテラン刑事は被害者の右手にある特徴を発見するが…。

朝日新聞の読書欄「売れてる本」で取り上げられているのを見て、気になって買ってみました。
もともと樋口有介さんの「柚木草平」シリーズはわりと好きで、この作者の持ち味なども知っていたので、すんなりと物語の世界に入れました。


舞台は埼玉県の秩父地方。
この平和な片田舎で起こった連続バラバラ殺人事件の第二の被害者となったのは、元警察官・八田が経営するスナックで働くピアニストの成子でした。
ところが成子と第一の事件の被害者との接点は何も見つからず、犯人像が浮かばずに捜査が難航する中、ついに第三の事件が起こります。
しかしこの被害者も成子とも第一被害者とも何の関係もありませんでした。
手口から言って同一犯人としか思えないこの連続殺人事件。
被害者たちの間に見えない繋がりの糸はあるのでしょうか…?


いわゆるミッシング・リンクものであり、フーダニット(誰が犯人か)やホワイダニット(動機は何か)のミステリとしても楽しめますが、この作者の持ち味はミステリとしての謎解きの面白さよりも、人生の悲哀の描写や少し暗めの渋い雰囲気作りにあると思います。
田舎町で細々とやっているスナック「ラザロ」はなかなか居心地がよさそうですし、そこに集まる人々は、従業員も常連客も、一見平凡な人間に見えながら実はさまざまな事情や過去を背負って生きています。
特にスナックのマスター・八田や、八田の甥でスナックのシェフとして働く梢路の過去が印象的ですが、他の人物も含めて彼らのそれぞれの人生に、人間を襲う運命や宿命といった人生の悲哀が感じられて、深い味わいがあります。
それに加え、事件を追う定年間近の刑事・坂森や、梢路が偶然出会う、孤立した集落にひとりで住む老人など、脇役キャラも非常に味わいのある人物ばかりです。
彼らがそれぞれの立場から語る「人生」こそ、この作品の読みどころなのではないかと感じました。


帯や書店でのPOPの大げさな惹き句で少し損をしてしまっている感じは否めませんが、事件の真相や結末は確かに意外性がありました。
事件の全貌を完全には明らかにせず、途中までに張った伏線や、ラストの坂森の推測話などから読者が推理、想像できるようにしているのも、この作品には合っているかなという気がします。
犯人の動機の部分について言えば、「そんなことで?」と思わず言いたくなってしまうようなある出来事が動機に結びついているのですが、その背景にある、ある実際に起こった出来事の実態を知っていれば、この動機もそうありえないとは言い切れないものではないかと思いました。
そして、話の最初の方を読んでいるときには「なんだか話の内容や雰囲気と合っていないような?」と思えた表紙のイラストも、最後まで読めば意味が分かりますし、実際に時折批判される光景を描いたものなのだと分かります。
表紙のイラストはイラストレーターさんのアイディアによるものなのかもしれませんが、表紙も含めて一つの作品として上手く作られていると思います。


個人的には方言が好きなので、坂森の秩父弁がいい味を出していていいなと思いました。
表面的に見ればミステリとしては少し物足りなさもありますが、じっくり読めば深い味わいのある作品だと思います。
☆4つ。