tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『少女七竃と七人の可愛そうな大人』桜庭一樹


「たいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった」川村七竃は、群がる男達を軽蔑し、鉄道模型と幼馴染みの雪風だけを友として孤高の青春を送っていた。だが、可愛そうな大人たちは彼女を放っておいてくれない。実父を名乗る東堂、芸能マネージャーの梅木、そして出奔を繰り返す母の優奈―誰もが七竃に、抱えきれない何かを置いてゆく。そんな中、雪風と七竃の間柄にも変化が―雪の街旭川を舞台に繰り広げられる、痛切でやさしい愛の物語。

桜庭一樹さんらしい世界観というのかな。
独特な世界が広がる作品だと思います。


25歳になるまで真面目に生きてきた小学校教諭の女性・優奈は、ある日突然「辻斬りのように男遊びがしたい」と思い立って、1ヶ月の間に7人もの男と寝てしまいます。
そしてその結果身ごもったのが、娘の七竃でした。
成長するにつれ、母に似ず人目を引く美少女に変貌していく七竃ですが、彼女は自らの美しさを憎んでいました。
自分と同じように美しい幼なじみの少年・雪風のみを友とし、鉄道模型に熱中するちょっと風変わりな七竃は、やがて進路を考える時期を迎え…。


なんとも不思議な雰囲気の作品だと感じました。
決して叶うことのない切ない純愛小説であり、母と娘のちょっと複雑な関係を描いた小説でもあり、地方都市旭川の小さな世界で繰り広げられる群像劇のようでもあり。
決してボリュームがある作品ではないのに、中身は非常に濃密で、いろいろな角度から読むことができる作品です。
主人公の七竃も、恋の相手である雪風も、「異形」と形容されるほどの美形ですが、嫌味がないので素直に読めます。
それどころか、普遍的であるとは言い難いキャラクターであるにも関わらず、意外にも共感できてしまうのです。
それは、美形であるがゆえの苦悩や、母への複雑な想いがしっかりと描かれているからでしょうか。
そして、今まで一緒に過ごしてきた友人たちと別々の道を歩き出すという、明るいけれども少し寂しい高校3年生のあの感覚が、私たちと同じものであるからでしょうか。
七竃が閉じ込められていた小さな町の小さな世界から、大都市へと旅立っていくラストが切なくて胸に沁みました。


母と娘の関係もとても興味深かったです。
これは『赤朽葉家の伝説』とも共通するテーマではないかと思いますが、娘は母をどこかでゆるすのだというその感覚、私も女だからなのか、なんとなく分かる気がします。
母は娘にとって一番身近な同性。
それゆえに欠点が目に付いたり、自分はこうはなるまいと思ったりすることもあるけれど、どんな母親であれ突き放すことはできないのが娘というものなのかなぁと思ったりします。
父親との関係はまたそれはそれでいろいろあるけれど、母と娘の関係の方がいろいろと心情的には複雑で、それゆえに小説の題材には適しているのかもしれません。


美しい幼なじみと鉄道模型だけが友の世界。
母と娘の世界。
意外な人同士が縁戚関係だったりする小さな町の世界。
小さな世界が雪解けの春を迎えるように、広い世界へ飛び立っていく七竃の姿がすがすがしく気持ちよい、でも一方で少し寂しく切ない、そんな読後感でした。
☆4つ。