tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ユートピア』湊かなえ

ユートピア (集英社文庫)

ユートピア (集英社文庫)


太平洋を望む美しい景観の港町・鼻崎町。先祖代々からの住人と新たな入居者が混在するその町で生まれ育った久美香は、幼稚園の頃に交通事故に遭い、小学生になっても車椅子生活を送っている。一方、陶芸家のすみれは、久美香を広告塔に車椅子利用者を支援するブランドの立ち上げを思いつく。出だしは上々だったが、ある噂がネット上で流れ、徐々に歯車が狂い始め―。緊迫の心理ミステリー。

大手食品会社の工場があるためかつては賑わった小さな港町・鼻崎町を舞台に、そこに暮らす女性たちの活動と人間関係を描く物語です。
イヤミスではありませんが、女性たちの心理描写の細やかさは湊さんらしいといえます。
田舎町の狭い人間関係の窮屈さと、立場によって考え方が異なることによるすれ違いがリアルに描かれていました。


元恋人から誘いを受け、都会から鼻崎町へ移り住んだ陶芸家のすみれ。
鼻崎町で生まれ育ち、地元の同級生と結婚して仏具店の店番をやっている菜々子。
食品会社に勤める夫の転勤により鼻崎町へ引っ越してきた、プリザーブドフラワー作りを得意とする光稀。
菜々子の娘である久美香は交通事故が原因で車いす生活を送っていますが、光稀の娘である彩也子が友達として寄り添い、手助けをしています。
そんな彩也子が久美香について書いた詩をきっかけに、自分が焼いた翼のモチーフのストラップを売り出して収益金を車いす利用者の支援団体に寄付するプロジェクトを思いついたすみれは、マスコミの取材も受けて順調にプロジェクトの知名度を伸ばしていきますが、それによってさまざまな軋轢が生じることになります。


すみれ、菜々子、光稀の3人が、それぞれ長所も短所もしっかり描かれているところがよいですね。
当たり前ですが長所ばかりの人間などいないわけで、短所も描かれていることにより、人物描写に深みが出ます。
そして、短所を描いているからこその「嫌な感じ」が物語のあちこちからにじみ出てきていて、それが本作の肝ではないかと感じました。
どうも本作ではどの登場人物にも感情移入がしづらい印象です。
それはなぜかというと、純粋に「この人いい人だな」と思えるような登場人物がほとんどいないからです。
どの登場人物も、どこか嫌な感じを受けるところがあって、なかなか好きになれません。
どの人物にも感情移入できないからこそ、読者は第三者として冷静に物語を眺めることになります。
そうすると、鼻崎町という小さな町で起こっているいろいろなことが、詳しく本文中に書かれていなくても、たぶんこうなんだろうなと想像できる。
すみれたち当事者には見えないことが、読者には見えるわけです。
そんなわけで、時にすみれたちが呑気に見えたりずれているように見えたりして、やきもきしたりイラッとしたりさせられました。
きっとこれは湊さんの狙い通りの反応なんだろうなと思うと、痛快なような、ちょっと悔しいような気持ちです。


また、人間関係の狭さを考えると言いたいことがなかなか言えないとか、ちょっと成功したり注目されたりすると妬まれて陰口を叩かれるとか、小さな田舎町の住人ならではの悩みも描かれていましたが、これに関しては都会でも似たようなことはあると思います。
ご近所づきあいは確かに小さな町の方が難しいのかもしれませんが、学校や職場など、狭い人間関係は住んでいる場所に関係なくどこにでも存在します。
また、悪口を言われる場所がネット上だったりするのも、現代においてはどこでも同じことです。
案外、この作品に描かれていることは、現代の日本人すべてに当てはまる普遍的なことなのかもしれないなと思いました。
物語の終盤、すみれと菜々子と光稀は別れの時を迎え、それぞれ別々の場所で生きていくことになりますが、結局最後までお互いに対するもやもやを抱えたままの3人の様子に、ご近所さんだからこそ成り立っていた関係であって、今後友達として関係を続けていくことはないんだろうなと思っていたら、最後の彩也子の独白 (日記?) で同じことを言っていて思わず笑ってしまいました。
子どもの観察力は侮れない、というところも含めて、すごくリアルな人間関係を見せられた作品でした。


ミステリとしては謎が完全には解明されずほのめかされるだけの部分があって、ちょっと不完全燃焼気味でしょうか。
あえてそうしているのだとは思いますが、結局何があったのかについて想像するしかない部分があるのはすっきりしませんでした。
どちらかというと、ミステリとしてではなく、3人の女性の人物描写と人間関係の物語として読むべき作品なのだと思います。
☆4つ。