tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『極北クレイマー』海堂尊

極北クレイマー 上 (朝日文庫)

極北クレイマー 上 (朝日文庫)


極北クレイマー 下 (朝日文庫)

極北クレイマー 下 (朝日文庫)


財政破綻にあえぐ極北市。赤字5つ星の極北市民病院に赴任した非常勤外科医・今中が見たのは、対立する院長と事務長、意欲のない病院職員、不衛生な病床にずさんなカルテ管理…。やがて病院閉鎖の危機を迎えた極北市民病院。今中は医療崩壊の現場を再生できるのか?医療エンターテインメント街道を驀進する著者の会心作、待望の文庫化。

作家としてのキャリアは決して長くはないのに、すっかり医療エンターテインメント小説家の代名詞となったと言っても過言ではないであろう、海堂尊さんの地域医療をテーマにした作品です。
明らかに夕張市を意識しているんだろうなと思える、極北市を舞台に、極北大学病院から赴任した外科医の今中が、崩壊寸前の極北市民病院で奮闘する1年間を描いています。


財政再建団体目前の極北市の市民病院には、当然のごとく問題が山積み。
医師不足、やる気のない職員たち、古い常識がまかり通り改善の兆しも見られない医療業務、杓子定規で権力に弱い組織体質…。
これらの状況が妙にリアルで笑えると同時に空恐ろしくなります。
医療は一般市民が安心して社会生活を送るために不可欠なものなのに、その医療を担う病院がどこかの腐敗したお役所のような場所であってはならないのです。
さらに追い討ちをかけるように、病院内で唯一(?)まともな産婦人科医の三枝が、産婦が分娩時に亡くなった件を医療事故と言われてしまい、ついには遺族から訴えられてしまうという大事件も起こります。
空洞化する地域医療や産婦人科医の訴訟リスクなど、今の医療界が抱える問題をこれでもかというくらいに詰め込んで、ちょっとごちゃごちゃしたストーリーになってしまった印象は否めませんが、全部紛れもなく現実にある問題なのだと思うといろいろ考えてしまいます。
巻末の解説にもあるように、「フィクションがノンフィクションになってしまった」恐ろしさを感じずにはいられない作品だと思います。


もちろん、いつもの海堂作品らしく、桜宮サーガの番外編としても楽しめます。
あのキャラやあのキャラなど、バチスタシリーズでおなじみの登場人物も何人かゲスト出演しています。
主役の今中も、どことなくバチスタシリーズの主役のあの人を連想させるような描写です。
単純に医療問題を取り上げて論じるだけの作品であれば、事態が深刻なだけに暗澹とした気持ちになる作品になってしまいそうなところですが、こうしてあくまでも小説としてはエンターテインメントに徹して読みやすいものにしている作品は、他にはあまりないだけに貴重ではないかと思います。
三枝の「医療事故」問題が中途半端に終わっていて消化不良である点は不満ですが、おそらく最初から続編を書くつもりがあるからこうなったのだろうなと思います。
評判はあまりよくないようですが、私は個人的にはそれなりに楽しめました。
次作も期待しています。
☆4つ。