tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ボトルネック』米澤穂信

ボトルネック (新潮文庫)

ボトルネック (新潮文庫)


亡くなった恋人を追悼するため東尋坊を訪れていたぼくは、何かに誘われるように断崖から墜落した…はずだった。ところが気がつくと見慣れた金沢の街にいる。不可解な思いで自宅へ戻ったぼくを迎えたのは、見知らぬ「姉」。もしやここでは、ぼくは「生まれなかった」人間なのか。世界のすべてと折り合えず、自分に対して臆病。そんな「若さ」の影を描き切る、青春ミステリの金字塔。

痛いとか苦いとか、そんな言葉では言い表せないくらいに、青春時代の「影」を徹底的に厳しく描いた作品ではないかと思います。
これまでも、男子高校生の女心に対する残酷なまでの鈍感さを描いた『さよなら妖精』とか、「小市民」を目指す高校生の思い上がりと自意識過剰を描いた「小市民」シリーズとか、米澤さんの青春ミステリは青春時代真っ只中の少年少女の若さゆえの「痛さ」を真正面から描いてきました。
そうした題材をつきつめて生まれたのがこの『ボトルネック』なのかもしれないという印象です。


主人公の高校生・リョウは、事故で亡くなった恋人のノゾミを弔うため、東尋坊を訪れます。
そこで突然意識を失ったリョウが目覚めると、そこは「自分が生まれなかった世界」で、自分の代わりにサキという幻の「姉」が存在していました。
自分が存在する世界と自分が存在しない世界の違いを否応なく目の前に突きつけられるリョウ。
無気力で、ただ流されることしかできない、想像力のない自分に比べ、サキは現状をよりよい方向へ変えようと、聡明な頭脳と想像力と人当たりのよさをフルに使って一生懸命生きている…。
自分は生まれてこない方がよかったのかもしれない、この世に存在しない方がいいのかもしれない。
どうしようもない無力感と絶望感。
それが残酷なまでに徹底的に描かれていて、読み進めるうちにどんどん怖くなっていきます。


「自分はこの世に存在する価値のある人間か?」―誰もが一度くらいは自分の頭に過ぎったことのある疑問なのではないでしょうか。
でも「実際に価値がないかもしれないということを事実として目の前に突きつけられる」体験はほとんどの人はしたことがないはず。
その体験をさせられてしまったのが本書の主人公のリョウなのです。
こんな体験したくない…と思いながら、一方で本当にリョウは「ボトルネック」なのか?という疑問も生まれます。
彼はまだ高校生。
自分ではどうすることもできないことがたくさんあるのも仕方のないことではないのか?
ましてやリョウは、悪いことは特に何もやっていない…。
それでも、絶望的な心境にあるリョウを前にして、「誰にでもいいところはある」だとか「この世に無駄な命なんてない」だとかの言葉を吐くことがいかに無意味なことかは明らかです。
そんな表面的な綺麗ごとめいた言葉では絶望の淵にある無力な少年を救えはしない。
ならば一体どうすればよいのか…?
それは難しい年頃の少年少女たちに接する大人全てに突きつけられている問いなのかもしれません。


この物語の結末は、読者の想像に委ねられているのでしょうか。
リョウが最後に直面する2つの選択肢は、どちらも可能性があるものだと思います。
でもどちらを選んだとしても、ハッピーエンドではなさそうなのがまたきついです。
救いがなくてネガティブなストーリーですが、それだけに強烈な印象を残した作品でした。
☆4つ。