tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『狐笛のかなた』上橋菜穂子

狐笛のかなた (新潮文庫)

狐笛のかなた (新潮文庫)


小夜は12歳。人の心が聞こえる“聞き耳”の力を亡き母から受け継いだ。ある日の夕暮れ、犬に追われる子狐を助けたが、狐はこの世と神の世の“あわい”に棲む霊狐・野火だった。隣り合う二つの国の争いに巻き込まれ、呪いを避けて森陰屋敷に閉じ込められている少年・小春丸をめぐり、小夜と野火の、孤独でけなげな愛が燃え上がる…愛のために身を捨てたとき、もう恐ろしいものは何もない。野間児童文芸賞受賞作。

「守り人」シリーズの上橋菜穂子さんによる純和風ファンタジーです。
文庫化された『精霊の守り人』が素晴らしかったのでこの『狐笛のかなた』にも手を伸ばしてみました。
優れた絵本や児童書は大人が読んでも十分に面白いとはよく言われることですが、まさに上橋さんの作品にこそふさわしい言葉ではないかと思います。


この作品を読んでまず一番に思ったことは、やはり上橋さんは世界観の構築の仕方がうまいということでした。
「守り人」シリーズはアジア風の架空の世界が舞台ですが、こちらの『狐笛のかなた』は古代の日本を意識した世界となっています。
そのため、美しい日本の風景が存分に描かれています。
芳しい香りを放つ梅の林、夕日に照らされた草原、あたり一面を薄紅色に染め上げる満開の桜…。
日本人の「心の風景」そのままの世界。
これが魅力的でないわけがありません。
そして、この美しく幻想的な世界で、憎しみと恨みの渦巻く過酷な運命を生き抜いていく登場人物たち。
主人公の小夜(さよ)は「とりあげ女(産婆)」である綾野ばあさんに育てられた、過去の記憶を封印された少女。
呪いの力を操ることのできる「呪者」としての大きな宿命を背負い、孤独に耐えながら健気に生きる小夜は、ある日傷を負った霊狐・野火を助けます。
初めて人のぬくもりに触れた野火は、その日からずっと遠くから小夜のことを見守り続けます。
人間と霊狐という種族の異なる生き物であり、敵対しなければならない運命にある野火と小夜が結ばれることは許されないのですが、運命はやがて野火と小夜を再び巡り会わせ、2人の心を結び付けていきます…。
世の中に「純愛小説」という触れ込みの本は数あれど、野火と小夜の関係こそ本物の純愛でしょう。
初めはそれと気付かぬままに静かに惹かれあい、やがては自分の命を賭してでも相手を守りたいと思うようになる…とても美しい関係だと思います。
ですが2人はそれぞれ重い宿命と運命を背負って生きなければならない者同士。
自分たちがどういう道をたどらねばならないかを痛いほど分かっていて、自分のさだめに苦しみながらもそっと小夜に寄り添い力の限り守ろうとする野火の姿が切なく、涙を誘います。
そんな野火と小夜がそれぞれ覚悟を決めて自らの運命の輪の中に飛び込んでいくクライマックスから感動のラストシーンへの流れは圧巻でした。
運命に流されるでもなく、抗うでもなく、背を向けるでもなく、ただ自分の想いだけをしっかりと持って生きていく強さに胸を打たれました。

呪者に生まれるというのは、運命なのだ。逆らうよりも、与えられたものを楽しめばよい。
すべて生き物は、生まれて、死ぬ。それだけなのだから。


127ページ 4〜6行目


「守り人」シリーズ同様、とても強い力でひきつけられる作品でした。
ですが、もうちょっと細かいところを膨らませてもよかったような気がします。
「とりあげ女」の苦しみとか、訳あって10年間も屋敷の中に幽閉された小春丸の葛藤とか、大朗と鈴の兄妹が生きてきた道のりとか、そのあたりはまだまだいくらでも細かく描写できたはずだし、そうした方が物語にさらに深みが出たのではという気がします。
いい作品だけに、ちょっとそこが残念だったので☆は4つ。
でも、読めて本当によかったです。
推薦文が宮部みゆきさん、解説が金原瑞人さんと、本編以外の部分もとても豪華で満足でした。


ところでこの作品を読んでいる間中ずっと考えていたのは、「スタジオジブリで映画化したら面白そう」。
世界観や人物像がジブリ映画の美しい絵にぴったりだし、長さもちょうどよいし、ストーリーも切ないロマンスありアクションありで映画向きだと思います。
ジブリなら原作のイメージを壊さずに、小夜は可愛くも凛として一本筋の通った芯の強い少女に描いてくれそうだし、野火もきっと凛々しく強く心優しい少年として描いてくれそう。
また、上橋作品に共通するおいしそうな食事シーンも、きっとジブリならさらにおいしそうな絵にしてくれると思うな。
ハウルの動く城」「ゲド戦記」と、ここのところ洋モノファンタジーが続いていたから、ここらで和風ファンタジーの「狐笛のかなた」、いかがでしょうジブリさん(笑)
…以上、妄想語りでした(^_^;)