tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『そのときは彼によろしく』市川拓司

そのときは彼によろしく (小学館文庫)

そのときは彼によろしく (小学館文庫)


「ねえ、帰り道が分からなくて泣いているんでしょ?」「この先が、あなたの帰る場所よ。ひとりで行ける?」「さよなら。もう、ここに戻って来ちゃ駄目よ」ぼくらはばらばらではなく、みんな繋がっている。誰もが誰かと誰かの触媒であり、世の中は様々な化学反応に満ちている。それがきっと生きているってことなんだと思う。それは、磁力や重力なんかよりもはるかに強い力だ。それさえあれば、あの空の向こうにいる誰かとだって私たちは結びつくことができる。小さな人生の大きな幸福の物語。

『イニシエーション・ラブ』とは違って、今度は純粋な恋愛小説。
いま、会いにゆきます』が大ヒットした市川拓司さんの作品です。
…あれ?
「いま会い」ってまだ文庫化してないよね?
「そのときは」が先に文庫化しちゃったのか。
まぁいいけど。


14歳の頃の、きらきらと輝いていた日々。
かけがえのない友情と、幼い初恋。
…そんな思い出を手放せないまま、30歳を迎えようとしている独り身の男。
この物語の主人公のこんな設定を「気持ち悪い」と感じてしまう人にはこの小説は向いていないかもしれません。
ですが、もう戻らない過去を懐かしむ気持ちや、明るい未来を信じて疑わなかった幼い自分をうらやむ気持ちは、誰にでもあるのではないでしょうか。
そして、初恋の人に再会してみたいという気持ちも。
この作品の主人公・智史は、15年の歳月を経て、14歳の頃の初恋の女性とひょんなことから再会を果たします。
出会ったことでできた人と人との繋がりが、さらに別の人たちの人生にも変化をもたらし、出会いと別れを繰り返しながら時は流れていきます。
当たり前かもしれないこれらの営みが、本当は人の人生にとってかけがえのないものであるということに気付くのは、実はとても難しいことなのかもしれません。
智史は、初恋の女性・花梨と結婚紹介システムで知り合った現在の恋人・美咲のおかげで、その大切なことに気付きます。
決して最高の人生とは言えないまでも、小さな幸せを感じながら日々を過ごす智史が最後に大きな幸せをつかめたのは、「好き」とか「愛してる」ということを大切にしていたからなのでしょう。
いえ、智史だけでなく、智史を取り巻く人たちは、みな仕事においても私生活においても「好き」「愛してる」を貫いて、結果的に成功を収めたり、幸せをつかんだりしています。
そのことに私は励まされる思いがしました。
時には我慢することも必要だけど、もっと自分の気持ちに素直になってみてもいいのかなぁと思いました。
特に智史のお父さんがいいお手本ですね。
自分の家族に対する愛情を素直に直接的な言葉で表せる人は、日本人には少ないのではないでしょうか。
でも、「愛してる」というたった一言で自分の大切な人が幸せになり、その人の幸せが自分をも幸せにしてくれるのなら、日本人も恥ずかしがらずどんどん口にすべきなのかもしれません。


ある意味べたべたな恋愛小説ではありますが、甘くなりすぎず嫌味がないのは、抑え目で透明感のある文章のためだろうと思います。
ドロドロとした人間関係や、大人社会の汚さに疲れてしまった人におすすめしたい「ちょっといい話」でした。
☆4つ。