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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『空飛ぶタイヤ』池井戸潤


走行中のトレーラーから外れたタイヤは凶器と化し、通りがかりの母子を襲った。タイヤが飛んだ原因は「整備不良」なのか、それとも…。自動車会社、銀行、警察、記者、被害者の家族ら、事故に関わった人たちの思惑と苦悩。「容疑者」と目された運送会社の社長が、家族・仲間とともに事故の真相に迫る。圧倒的感動を呼ぶエンターテインメント巨編!

あらすじを読んで面白そうだとずっと思っていたにも関わらず、読む機会のないまま来てしまっていた本作。
先日、TOKIOの長瀬くん主演で映画化との報を見て、これはよい機会だと思い早速書店で買い求めました。
講談社文庫版は上下巻の分冊だったのですが、比較的最近出たこの実業之日本社文庫版は1冊にまとまっているのが個人的にはうれしかったです。
もちろん内容も期待通りの面白さで大満足でした。


走行中の大型トラックから突然外れて宙を飛んだタイヤが、たまたま通りがかった母子を直撃、子どもは軽傷で済んだものの、母親が死亡。
そんな事故を起こしてしまった赤松運送の二代目社長・赤松が、事故原因を「整備不良」とした大手自動車メーカー・ホープ自動車に対し、真の原因はホープ自動車の欠陥でありリコール隠しがあるのではないかと疑い、名門大企業に立ち向かっていくというストーリーです。
おや、どこかで聞いたことのあるような話だな、と思われる方も多いでしょう。
登場する企業名や事故の顛末などは本作のオリジナルですが、実際に起こった三菱自動車リコール隠し事件をモデルにしていることは明白です。
それだけに、エンターテインメント性の高い小説でありながら、まるでノンフィクションを読んでいるかのようなリアリティがあります。
実際にこのような惨い事故が起こり、日本人なら知らない人はいないほどの有名企業の一大不祥事事件に発展したということを念頭に置いて読んでいると、より作中の人物に感情移入でき、赤松運送の人々や被害者の遺族に同情したり、ホープ自動車の社員たちの驕った態度に腹を立てたりと、心が忙しい読書になりました。
特に事故で亡くなった母親の旦那さんや子どもが登場する場面は、そのたびに泣かされました。
赤松が思うように進まないホープ自動車との交渉や資金繰り悪化に苦しみ、さらには家庭人としても困難に直面し、どんどん追い詰められていく様にはこちらも胸が痛くなります。


ですが、ホープ自動車の方も一方的に悪者として書かれているわけではありません。
リコール隠しという不正があったのは確かで、自社製トラックの欠陥を知りながら事故の責任を否定し続け、赤松運送を完全に馬鹿にした態度を取る幹部たちには許せないという気持ちになりますが、一般の社員たちについては大企業で働く難しさも描かれており、中小企業と大企業の違いについて考えさせられます。
ビジネス用語には本文中でしっかり解説がされていて、実務経験が乏しい読者にも配慮されているのは『下町ロケット』と同じです。
つまり、何が言いたいかというと、これから就職活動をする学生さんにお薦めしたい作品だということです。
大企業、中小企業、どちらがいいとも悪いとも、一概には言えない。
私も大企業と中小企業両方で就業経験がありますが、全く違っている部分もあれば、共通している部分もたくさんあります。
どんな環境にいても、社会人としてどうあるべきか、人間としてどう仕事に向き合うべきかということについては、そう大きな違いはないのではないでしょうか。
本書にはそういうことが描かれていると思うのです。
次々と困難に見舞われ、何度も折れそうになりながらもそのたびになんとか立ち上がり、従業員や家族を守るため自分のなすべき仕事に必死に取り組んでいく赤松の姿は、経営者としてだけではなく、社会人としての一種の理想だと言えます。
もちろん、すでに社会人経験の長い人が初心を思い出すためにもよい作品だと思いますし、つまりはすべての「働く人」が読むべき作品なのではないかと思います。


800ページを超える大長編でしたが、それほど長さを感じることもなく最初から最後まで楽しく読めました。
もちろん長さに応じた読み応えもたっぷりで、心から読んでよかったと思える作品でした。
☆5つ。

『MIX (10)』あだち充


VS東秀戦、決着…!?
ついに辿り着いた東東京大会準決勝!
東秀高校の怪物投手・三田を前に圧倒的不利と
思われた明青学園だが、投馬の快投によって
両校無得点、まさかの接戦が続く…!
しかし、元々は明らかにチーム力の劣る明青。
微妙に戦況は変化していき、
そして………………………!?

ええと……実はこれ、昨年末に読んだんですが、感想を書きそびれていました。
もう4か月近く経ってしまって、今さらではあるのですが、今書いておかないと次の巻も感想を書けなくなるので、やっぱり書いておこうかなぁと。
マンガはさらっと読んでしまうのでどうも感想を書くのを忘れがちでいけないですね (言い訳)。


9巻から引き続き、強豪の東秀高校との準決勝。
長く低迷が続いていた明青学園、しかもエースはまだ1年生と、圧倒的不利な状況を覆して誰も予想しなかった接戦になるという、熱い展開です。
やっぱり野球マンガはこうでなくっちゃ。
あだちさんの作品はスポ根には程遠いですが、それでもスポーツの面白さはしっかり伝わってきます。
敵いそうもない相手に立ち向かっていくというのもスポーツマンガの王道ですが、王道ど真ん中を進みつつ、あだちさんらしい独特の間合いの取り方や洒落の利いたせりふが個性を放っています。
本作の場合は随所に『タッチ』ファンの心をくすぐる要素が盛り込まれているのもうれしいところ。
相変わらず読みどころ満載で飽きさせません。


個人的にもうひとつあだちマンガの好きなところは、主人公の高校生世代だけではなく、親や監督といった大人世代もしっかり描かれるところです。
この巻では立花兄弟のお母さんと、マネージャーの春夏のお母さんが、立花家で一緒に準決勝の様子をテレビで見守る場面が出てきます。
有望な野球選手として世間からも注目されてはいても、やっぱり高校生は親にとってはまだまだ子ども。
あたたかく見守る親たちの姿が微笑ましいです。
なんとなく、『タッチ』の最後の地方大会決勝戦で、達也の両親が手を握り合ってテレビ観戦する場面を思い出しました。


この巻はちょうど東秀戦のゲームセットの瞬間で終わるのですが、熱い投手戦の結末の付け方がこれまたあだち作品らしいなとうれしくなりました。
11巻からは新展開かな。
ずっと試合の場面続きだったので、そろそろラブコメ方面での進展も期待したいところです。
そういえば、『タッチ』で描かれなかった「あのシーン」が『MIX』に登場、とネットニュースになっていましたね。
その場面も早く見てみたいです。

『リバース』湊かなえ

リバース (講談社文庫)

リバース (講談社文庫)


深瀬和久は平凡なサラリーマン。自宅の近所にある“クローバー・コーヒー”に通うことが唯一の楽しみだ。そんな穏やかな生活が、越智美穂子との出会いにより華やぎ始める。ある日、彼女のもとへ『深瀬和久は人殺しだ』と書かれた告発文が届く。深瀬は懊悩する。遂にあのことを打ち明ける時がきたのか―と。

イヤミスの女王」と呼ばれるほどになった湊かなえさん。
最近はノンミステリ作品も発表されていますが、本作はどっぷりと湊かなえワールドに浸れるミステリです。


コーヒー好きのサラリーマン・深瀬は、行きつけのコーヒーショップで出会った女性・美穂子と付き合い始めますが、3か月が経った頃に美穂子のもとに怪文書が届きます。
それをきっかけに深瀬は、大学生の頃に起こった親友・広沢の交通事故について美穂子に告白します。
その事故に関わっていた仲間にも同じような怪文書が届いており、さらには駅でホームから突き落とされる被害に遭った仲間もいると知った深瀬は、広沢の故郷へ向かい、自分の知らない広沢のことを調べ始めます。
その過程で明らかになった意外な事実、というのがこの作品のミステリ部分の肝かな、と思いきや、さらにその先、最後の最後に明らかになる真相こそが、作者の目指した本当の着地点でした。
いわゆる「フィニッシング・ストローク (最後の一撃)」と言っていいかと思います。
うわあ、なるほど、この結末、この一文で終わらせるのか、と感嘆させられました。
丁寧に伏線を重ねてきたからこそ成立するフィニッシング・ストロークですが、これは伏線っぽいなというのが比較的わかりやすかったためか、まさかそんなところから真相が!といったような強い衝撃はありませんでした。
ただ、この最後の一文は非常に効果的でうまいですね。
その一文のおかげで、物語の続きが非常に気になるのです。
広沢の交通事故に関する真相を知った深瀬は、この後どうするのだろう。
大学時代の友人たちや美穂子と、今まで通りに付き合っていけるのか。
抱えてしまった秘密を、ひとりで背負っていくのか、それとも誰かに告白するのか。
想像が無限に広がります。


だからなのか、イヤミスといっても私は結末自体にはそれほど不快感は感じませんでした。
嫌な気持ちになるより、これからどうなるのかという興味の方が勝りました。
むしろ、主人公・深瀬の性格や心理描写の方が不快に感じたくらいです。
深瀬は地味で冴えない、今風に言うとスクールカーストで下位に属するタイプの人物です。
本人にもその自覚はあり、そのせいなのかとにかく卑屈な考え方が目立ちます。
確かに人から好かれるタイプではないだろうなとは思いましたが、ちゃんと長所もありますし、人間的に決して悪いわけではなく、優れているわけでもありませんが「普通の人」と言っていいと思います。
そんなに委縮したり卑屈になったりする必要は全くないのに、なぜここまで卑屈なものの考え方をするのか、というところが非常に気になりました。
そんな「イケてない」主人公に彼女ができて幸せをつかみかけたと思ったところに、何者かの悪意が見えて辛い過去に向き合わされて、最後にとんでもない真相に気付かされるという、その展開こそがイヤミスなのかもしれません。
主人公に対する容赦のなさ。
それが本作で湊さんが見せた「イヤミスの女王」らしさなのかなと思いました。


ミステリと関係ないところでは、コーヒーに関する描写がとても魅力的で、思わずコーヒーを飲みたくなる場面がいくつもありました。
湊さんは以前、朝日新聞の「作家の口福」というリレーエッセイで、現在住んでおられる淡路島の食べ物の数々を紹介されていたのですが、それもまたとてもおいしそうで淡路島グルメに強く惹かれたものでした。
どうやら食に関する描写がうまいようなので、ぜひグルメミステリにも挑戦していただきたいものです。
グルメなイヤミス……うーん、ちょっと満腹感がありすぎるかな、という気がしないでもないですが。
☆4つ。
連続ドラマも始まりますが、原作にはない雪山でのシーンがあるようなので、展開は小説とは異なるのでしょうか。
深瀬役が藤原竜也さんということで、どんなドラマになるのかこちらも気になるところです。