tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

2024年4月の注目文庫化情報


新年度が始まりました。
私自身には特に何の変化もありませんが、気持ちだけはフレッシュに、1日1日を大切に過ごしていきたいです。


さて、4月は何といっても米澤穂信さんの「小市民」シリーズ最新刊の刊行でしょう。
待ちに待った「冬」、今の季節とは合いませんがそれもまたよし。
小鳩君と小山内さんが今度はどんな事件に遭遇するのか、楽しみです。
でも毎年4月の恒例「東京バンドワゴン」シリーズも楽しみだし、東野さん大崎さん有川さんと読みたい本がいっぱい。
今月は楽しく過ごせそうです。

『雷神』道尾秀介


あの日、雷が落ちなければ、罪を犯すことはなかった――。埼玉で小料理屋を営む藤原幸人を襲った脅迫電話。電話の主が店に現れた翌日、娘の夕見から遠出の提案を受ける。新潟県羽田上村――幸人と姉・亜沙実の故郷であり、痛ましい記憶を封じ込めた地だった。母の急死と村の有力者の毒殺事件。人らが村を訪れると、凄惨な過去が目を醒ます。どんでん返しの連続の先に衝撃の一行が待つミステリ。

龍神の雨』『風神の手』に続く「神」シリーズ……とのことですが、特にストーリー上のつながりがあるわけではなく、それぞれ独立した作品ですので本作から先に読み始めても全く問題はありません。
登場人物についても3作は全く異なります。
共通点は自然現象が謎解きにかかわってくるミステリというところでしょうか。
日本は自然災害が多く、またそうした自然現象と信仰が結びついた文化があり、小説の題材、特に因習めいたミステリの題材にはぴったりです。


冒頭で語られる、ある夫婦とその幼い一人娘の3人の間で起こった悲劇。
一人娘のある行為がきっかけとなり、母親は命を落とします。
その事実は伏せられたまま娘の夕見 (ゆみ) は大学生となりますが、ある日父親の幸人の前にひとりの男が現れます。
男は金を払わなければ秘密を娘にばらすと幸人を脅迫してきたのでした。
幸人は男から逃れたい一心で、夕見と姉の亜沙実とともに故郷の新潟県羽田上村へ向かいます。
そこで彼らは30年前に幸人と亜沙実、そしてその父母に起こった事件の謎に向き合うことになります。
現在の主人公の身に起こっていることと、過去に起きた事件、2つの出来事がリンクしますが、謎解きの焦点は過去の事件の方にあります。
過去の事件こそがすべての悲劇の始まりなのです。
雷神を祭る神社とそこで毎年行われる祭りという、いかにも地方の村にありそうな風習、そしてそこで起こった悲劇。
古き良き日本の推理小説にありそうな設定と、どこか暗く閉鎖的な村の様子がいい雰囲気を醸し出していて、ミステリ好きにはたまりません。


もちろん道尾秀介さんですから雰囲気作りが丁寧なだけではなく、伏線の張り方もパズル的な謎解きギミックも抜かりありません。
幸人の父親が神社の宮司から渡された手紙の謎に関してはヒントもあからさまに作中に書かれていたので、本気で頭を悩ますことになりました。
そうやって読者も謎解きに巻き込みつつ、一気にすべての伏線が回収されていき真相が明らかになる最終章は圧巻でした。
フーダニットとしては消去法的に真犯人にたどり着くことは可能です。
ですが本作の謎解きの、そしてストーリー的な面白さは、叙述トリックを応用した部分にあります。
ある「思い違い」が巧妙に真相を覆い隠しており、すべてが明らかになると「そういうことだったのか」と読者も主人公の幸人とシンクロした感情を抱くことになるのです。
人の視野がいかに狭く、思い込みにとらわれがちであるかがあらわになってハッとさせられます。
その視野の狭さゆえに疑心暗鬼になったり真実が見えなくなったりして悲劇につながる――本作で描かれているのはそういう事件です。
なんとも悲しい真相にしんみりしていたら、最後の最後に明らかになる事実にさらに頭をがつんと殴られました。
ある種のイヤミスとも言えるかもしれない結末に、道尾作品の油断ならなさを感じずにはいられません。


最初から最後まで道尾さんらしいミステリだなという印象でした。
ちょっと不気味でおどろおどろしくて、人間もどこか怖い。
そしてそれ以上に、雷の怖さに背筋が寒くなり、その自然現象を神と結びつけた昔の人たちの心情がわかるような気がします。
巧妙な謎解きも、悲劇的な物語も、どちらもさすがの出来でした。
☆4つ。




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『朱色の化身』塩田武士


昭和31年、4月。福井・芦原温泉を大火が襲う。
「関西の奥座敷」として賑わった街は、300棟以上が焼失した。
60年後、東京。元新聞記者のライター・大路亨は、失踪した謎の女・辻珠緒の行方を追ううちに、
芦原出身の彼女と大火災の因縁に気づく――。
膨大な取材で時代の歪みを炙り出す、入魂の傑作長編。

『罪の声』の塩田武士さんによる、ジャーナリズム小説ともいうべき作品です。
塩田さん自身が元新聞記者という経歴が存分に活かされており、あるフリーライターの取材の過程が丹念に描かれています。
舞台となる福井県は私にとっては祖父の故郷で現在も親戚が多く住む、なじみのある土地であるということにも興味を持って読んでみました。


元新聞記者で現在はフリーのライターである大路は、同じく元新聞記者の父親から思いも寄らぬ依頼を受けます。
それは大路の祖母・菊代が生前、辻静代という女性の調査を興信所に依頼していたことがわかったのだが、菊代は辻静代の何を知りたかったのかという謎を解きたい、というものでした。
大路は父の思いを汲み、辻静代の孫にあたる辻珠緒という大ヒットゲームの作者の居場所を探ろうとしますが、彼女は勤務先の会社にも「しばらく休む」と告げたまま音信不通となり、行方不明の状態になっていました。
大路は珠緒のゆくえの手がかりを探して彼女の縁者たちに話を聞いていきますが、その取材から徐々に浮かび上がってくるのは、珠緒が送ってきた苦難の人生でした。
会うべき人ひとりひとりに会い、丁寧に話を聞き出し、少しずつ真実に迫っていく大路の取材の様子を読者も一緒になぞるような感覚で読めるため、人々の話を元に核心へ迫っていく面白さも、ある事実をひとつの側面だけから見て判断してしまう怖さも、どちらも味わうことができます。
ぞっとしたのは、大路が早い段階で取材した珠緒の高校時代の恩師について、その後の別の取材相手の話から思わぬ事実が判明すること。
当たり前かもしれませんが人は自分に都合の悪いことは話しません。
あるひとりの話だけで物事を判断してはいけないというのが取材の鉄則であり、それはジャーナリストではない一般の人すべてにとっても、同じことが言えるのではないかと感じました。
テレビや雑誌などでの発言、あるいはSNSでの投稿内容、そうしたものすべてにおいて、誰かひとりの発言だけでその内容に関する善悪や正誤を断じることはできないのです。
物事を多角的に見ることの大切さと難しさを痛感させられます。


そして、大路の取材対象である辻珠緒の苦難も、面白いというと語弊がありますが、物語としてぐいぐい読ませる力を持ったものでした。
珠緒は実父が暴力団員で、家庭には恵まれなかったと言わざるを得ません。
けれども頭がよかった彼女は、努力して京大へ進学し、男女雇用機会均等法施行の第一期生として銀行の総合職に就くことになります。
当時の女性たちを取り巻く環境がどんなに厳しいものだったか、頭ではわかっていても、実際には想像以上だったのだろうなと思わされました。
懸命に学んで努力して、男性に負けない知識とスキルと資格を得ても、女性であることの壁を突破することはできず、家柄でも不利を被った珠緒ですが、だからといって銀行を辞めて老舗の和菓子店の御曹司と結婚し専業主婦になる道を選んでも、結局幸せをつかむことはできなかった彼女の半生が胸に突き刺さります。
性別も家柄も自分では選べないのに、それによって差別され不当な扱いを受ける理不尽。
そのような状況はずいぶん改善され、私も女性であることで損をしたなどとはあまり感じませんが、それがどんなに幸せなことか、過去の人々の苦難の歴史があったからこそ今その幸せを享受できているのだということを、改めて実感しました。
もちろん現代の社会から差別が完全に撤廃されたわけではありません。
だからこそ、冷たく寒々とした珠緒との邂逅を経て、最後に大路が心に深く刻むジャーナリストとしての矜持と決意に、温かいものを感じました。


福井空襲、福井地震、芦原大火と戦中・戦後の福井を相次いで襲った苦難、そして激動の昭和を生きた女性たちの苦難が重なって、なんとも重苦しい雰囲気が終始つきまとう作品です。
それでも、最後の最後に一条の光が射す、希望の物語でもありました。
惜しむらくは登場人物が多く人間関係も複雑で、少々わかりにくさがあったことでしょうか。
読みごたえに関しては期待以上で、じっくり読み込む楽しみを味わえました。
☆4つ。




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