tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『楽園ジューシー』坂木司


ザッくんは5カ国ミックスの大学1年生。中高時代「ザンパ」(残念なパーマ)と呼ばれ、残念なミックスだと自認している。居場所がない日々の中、親友のゴーさん、アマタツとの約束「いつか三人で沖縄へ行こう」が拠り所だ。ある日、沖縄の「ホテルジューシー」でバイトすることに。待ち受けるは美味しい沖縄料理に掴みどころのないオーナー代理、超個性的な宿泊客。ザッくんの新しい旅が始まる。

那覇のホテルでアルバイトをする女子大生が主人公の『ホテルジューシー』の続編です。
――続編なのですが、あまり前作の内容を覚えていないぞ……と思ったら、前作を読んだのはもう15年も前でした。
そりゃ覚えてませんね。
むしろ15年も経ってからよくぞ続編を出してくれました!と言いたくなります。


ただ、続編といっても今作には前作の主人公・柿生浩美は名前しか登場しません。
それでもホテルジューシーの面々――昼夜で人格が変わるオーナー代理の安城さんや、清掃担当の双子のクメばあとセンばあなど――は健在で、彼らの存在から徐々に前作を思い出すことができました。
そして、今作の主人公はやはりバイトの大学生、「ザッくん」こと松田英太。
5か国の血が混じっているミックスで、日本生まれ日本育ちの日本人ながら外見が「ガイジン」っぽいので小学生の頃からいじめられてきました。
そんなザッくんが心の拠り所にしているのは、アマタツとゴーさんという2人の親友の存在です。
アマタツは事故で頸椎を傷めた変わり者だという理由で、ゴーさんはゴミ屋敷におばあちゃんと住んでいるという理由で、それぞれやはりいじめられていたのでした。
3人で夜の散歩をしながら、いつかみんなで沖縄に行こうと夢を語り合った中学時代が人生のピークで、今はもう「余生」だとまで言うザッくん。
そんな彼がひょんなことからホテルジューシーで期間限定バイトをすることになり、3人で行こうと約束した沖縄へやってきます。
突然奇妙な言動をとる女子大生2人組やら、何やら不穏なメモを落としていく謎の女性やら、ホテルジューシーは従業員のみならず宿泊客までも個性的な人たちばかり。
昼はいつも眠そうでダメダメなのに、夜になると急にしゃっきりするオーナー代理によって、宿泊客たちがもたらす謎が解かれていきます。


ザッくんがアマタツとゴーさんとともに夢見た南の楽園、それが沖縄だったわけですが、実際にザッくんがその目で見た沖縄は、決して楽園などではありません。
米軍基地があり、観光地でもあるため外国人が珍しくなく、ミックスであるザッくんも自分の外見を気にすることなく過ごせる場所であったことは確かで、その点はザッくんにとって救いだったものの、アルバイト生活が進むにつれザッくんは沖縄の負の側面も知ることになります。
例えば、家父長制のこと。
私もよく知らなかったのですが、沖縄は家父長制的な思想が伝統的に強い場所なのですね。
沖縄がそういう場所であるということ以前に、家父長制自体も実はどういうものなのかよく知らなかったザッくん。
ですがそれは、ザッくんが男だから意識することがなかったのだという現実を、ザッくんはいきなり眼前に突き付けられます。
アマタツとゴーさんと夜の散歩ができたのも、自分たちが男だからであって、女だったら同じようなことはできなかっただろうと気づかされたザッくん。
ミックスである自分は虐げられるマイノリティなのだと認識していたザッくんですが、実は性別という属性においてはマジョリティの側だったわけです。
自分もいじめられてきたからこそ、他人のことであってもマイノリティとして理不尽な目に遭ったり傷つけられたりすることには敏感で、そういう人に寄り添うことができるのがザッくんの良いところなのですが、それが裏目に出て人を勝手に差別的な人だと決めつけてしまうという失敗もします。
そうした自らの無知や偏りや間違いに向き合わされるのはつらいことですが、まだまだ成長途上の若者には必要なこと――と思いながらも、ザッくんをさらに突き放すような終盤の展開は、ちょっと厳しすぎるような気もしてしまいました。
とはいえそこは青春小説、ほろ苦さはお約束のようなものでもあります。
苦くて、痛くて、つらい結末だけれど、そう簡単にハッピーエンドは訪れないというのも青春小説ならではでしょう。
人生はまだ先が長いのだから。
ザッくんが生きている今はまったく「余生」なんかではないのだから。
自分の至らなさ、未熟さ、弱さ、すべてに向き合って、居心地のいい場所から一歩を踏み出したその先の遠い遠い未来にこそ、ハッピーエンドは待っているのです。


主人公に対して厳しくほろ苦い物語ですが、後ろ向きで臆病な若者に対するエールもしっかり感じられました。
沖縄のおいしそうな料理や、文化や歴史についてのエピソードも、興味をひかれるものがたくさん登場し、沖縄に行きたいという気持ちにもさせてくれます。
楽園ではなかったけれど、嫌な思いもしたけれど、沖縄はザッくんにとって大切な場所として一生、心に刻まれるはず。
そんな経験ができたザッくんに対して、本当によかったねと温かな気持ちになりました。
☆4つ。




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