tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『夜明けのすべて』瀬尾まいこ


PMS(月経前症候群)で感情を抑えられない美紗。パニック障害になり生きがいも気力も失った山添。
友達でも恋人でもないけれど、互いの事情と孤独を知り同志のような気持ちが芽生えた二人は、自分にできることは少なくとも、相手のことは助けられるかもしれないと思うようになり、少しずつ希望を見出していくーー。
人生は苦しいけれど、救いだってある。
そんな二人の奮闘を、温かく、リアルに、ときにユーモラスに描き出し、誰もが抱える暗闇に一筋の光を照らすような心温まる物語。

瀬尾まいこさんは家族を描いた作品が多い気がしますが、今回はとある小さな会社を舞台にしています。
そこに勤める20代のふたり、藤沢さんと山添君。
生きづらさを抱えたふたりへの優しいまなざしがあたたかい、いつもの瀬尾作品でした。


栗田金属という住宅建材を扱う零細企業で働く藤沢美紗は、とある問題を抱えています。
それはPMS、すなわち月経前症候群の影響で、生理前のある1日だけイライラが抑えられなくなり、周りの人にあたってしまうということでした。
新卒で入社した大手企業をPMSのために退職した後、栗田金属で事務員として働き始め、ゆるい職場環境で社長をはじめとする周囲の人々の理解を得て、なんとか社会人として生活しています。
その栗田金属に1か月前に入社したのが山添君。
前職はコンサルティング会社に勤めていたという山添君ですが、覇気がなくて遅刻も多く、パッとしない印象でした。
そんなある日、会社で調子が悪くなった山添君の様子を見て、藤沢さんは彼がパニック障害を患っていることに気づきます。
PMSパニック障害も自分ではコントロールが難しい、厄介な病気だという印象があります。
PMSは具合が悪くなるのは1か月に1回とはいえ、藤沢さんのように他人にイライラをぶつけてしまうタイプだと周りも迷惑だし本人も申し訳ないしで日常生活を送るのも大変でしょう。
山添君のパニック障害に至っては、いつどこで発作を起こすか予測が難しく、電車に乗れないなど生活に深刻な影響があります。
結果として会社を辞めただけではなく恋人とも別れ、友達とも会わなくなって、実家の家族にも病気のことを話すことができないまま、何の楽しみもない生活をすることを強いられた山添君の孤独に胸が痛みました。


そんな山添君の孤独な生活にガンガン踏み込んでいく藤沢さんに圧倒されます。
パニック障害の影響で美容院にも行けないので髪が伸びっぱなしのボサボサの山添君を見て、彼のひとり暮らしの家にハサミなどを持って乗り込んでいくという行動力……と言うよりはむしろ強引さと図々しさに若干引いてしまったくらいです。
けれども、山添君に対しては藤沢さんのその強引さがちょうどよかったのかもしれません。
藤沢さんが遠慮深い人だったら、きっと山添君に早々に遠ざけられてしまっていたでしょうから。
断っても気にせずぐいぐい踏み込んでくる藤沢さんに呆れながらも、山添君は次第に藤沢さんを受け入れていきます。
それどころか、山添君は藤沢さんと接するうちに、彼女のPMSの対処法を見出してしまうのです。
自分に持病があっても、他人の病気のことが理解できるわけではなく、実際藤沢さんも山添君も、完全に相手の病気のことを理解しているわけではありません。
それでも一緒に過ごす時間が増えて相手のことを見ているうちに、次第に相手にとって必要なことが見えてくる。
会社の同僚という関係を超えて、性別の違いも超えて、特別な友人関係になっていくふたりのことを、とてもうらやましく感じました。
また、栗田金属の社長や他の従業員たちも、みな優しくあたたかい人たちばかり。
「残業代が出ない」というのはちょっとどうかと思いますが (だからこそ残業はせず定時でみな帰るのですが)、大手企業で働けなくなった藤沢さんや山添君のような人たちが安心して働ける環境があるというのは、特に持病がない私でもホッとする思いでした。


生きづらい状況に陥ったとしても、生きていける場所はきっと見つけられるし、理解し合い支え合える人ともきっと巡り合える。
そんな希望に満ちた物語です。
たとえ自分に持病も何の問題もなくても、もしも生きづらさを抱えた人に出会ったら、栗田金属の人々のようにそっと見守り寄り添える人間でありたい。
そう強く思わせてくれました。
☆4つ。