tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』辻真先


昭和24年、ミステリ作家を目指している風早勝利は、名古屋市内の新制高校3年生になった。学制改革による、たった1年だけの男女共学の高校生活。そんな中、勝利たち推理小説研究会は、映画研究会と合同で一泊旅行を計画する。顧問と男女生徒5名で湯谷温泉へ、中止となった修学旅行代わりの旅だった――。そこで巻き込まれた密室殺人。さらに夏休み最後の夜に、首切り殺人にも巻き込まれる! 二つの不可解な事件に遭遇した少年少女は果たして……。レジェンドが贈る、年末ミステリベスト3冠の傑作が、ついに文庫化。

『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』に続く、昭和前期の名古屋を舞台にしたミステリ三部作の2作目です。
2020年の単行本刊行時には、年末の各種ミステリランキングを席巻して話題になりました。
作者の辻真先さんは単行本刊行時88歳。
実際に作品の舞台となる時代を生き、作中に描かれるさまざまなできごとを経験してきた世代だからこその説得力に満ちた描写が魅力的な作品です。


前作『深夜の博覧会』は昭和12年という、戦争の足音が聞こえてきてはいるもののまだ平和な名古屋が舞台でした。
今回は昭和24年、終戦から2年後ということで、平和にはなったもののまだ戦争の傷跡が生々しい名古屋の街が描かれます。
主人公の勝利 (かつとし) は学制が変わった影響をもろに受け、高校生活の最後の1年を新制高校で過ごすことになりました。
GHQの指導により男女共学となったことで、早速異性との交際を始める生徒たちもいる一方で、異性の存在に慣れておらずどう接していいのか戸惑う生徒たちも大勢います。
その初々しさが瑞々しくてかわいいなあと思う一方、戦争の影響で大人の世界の汚さや醜さを早々に目の当たりにしてしまった世代でもあって、複雑な気分にさせられました。
そんな少年少女たちが遭遇する2つの残虐な殺人事件は、密室殺人にバラバラ殺人と、ミステリ好きの心をそそる謎に満ちています。
どちらの事件もそんなに複雑なものではなく、登場人物も限られているし、一見推理は簡単なように思えるのですが、それでもそう簡単には真相にたどり着かせてはくれませんでした。
どちらの事件の現場にもいなかった那珂一兵の安楽椅子探偵ぶりに驚嘆し、事件の手がかりを確実に本文の中に散りばめていた作者のフェアプレイぶりに感心した末の、最後の段落には「やられた!」と脱帽しました。
作者の謎解きへのこだわりと遊び心が伝わってきます。


本格ミステリとしての読み応えはもちろんのことですが、本作の最大の魅力は終戦直後の日本を舞台にした青春小説だというところにあるのではないかと思います。
やはり、過去のことを知るにはその時代を実際に生きた人の文章を読むのが一番だと実感しました。
日本国内で戦争の被害が大きかったところというと、パッと思いつくのはやはり広島・長崎の被爆地や、唯一の地上戦の舞台となった沖縄、東京大空襲、アニメ映画の影響で有名な神戸などでしょうか。
ですが、人口ひとりあたりの被弾量で最悪だったのは名古屋だったということを、私は本作で初めて知り、恥ずかしながらこれまで名古屋の戦争被害状況についてまったく知らなかったということを思い知らされました。
戦前、戦中、戦後に少年時代を過ごした勝利の、ひいては作者の、切実で率直な思いにも圧倒されます。
戦時中に鬼畜米英を叫んだ大人たちが、終戦後は180度コロッと違うことを言い出すのを目の当たりにした少年少女たちの柔らかな心がどれほど傷ついたか、それを考えると胸が締め付けられました。
大人への不信感は大きかったでしょうし、裏切られたという思いも強かったでしょう。
そんな戦後の少年少女たちの思いが、ただひとつの真実を追求する推理小説と非常に相性が良いと感じました。
都合の悪いことは隠し、嘘で塗り固められた当時の日本に生きていた勝利だからこそ、真実を暴く過程を楽しむ推理小説に魅せられたのです。


最後まで読むと「たかが殺人じゃないか」というタイトルが持つ意味がずしりと胸に響き、なんともいえないやるせなさが漂います。
勝利のほのかな恋心の行方も切なく、甘酸っぱさも塩辛さも絶妙な配分で味わえる青春ミステリでした。
三部作の最後を飾る続編『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』も楽しみです。
☆5つ。
そういえば戦前は「探偵小説」と呼ばれていたのが「偵」の字が常用外になったから「推理小説」というようになった、というトリビアにも驚きました。
そんな事情があったとは……。




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