tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『サーチライトと誘蛾灯』櫻田智也


昆虫オタクのとぼけた青年・エリ沢泉(えりさわせん。「エリ」は「魚」偏に「入」)。昆虫目当てに各地に現れる飄々(ひようひよう)とした彼はなぜか、昆虫だけでなく不可思議な事件に遭遇してしまう。奇妙な来訪者があった夜の公園で起きた変死事件や、〈ナナフシ〉というバーの常連客を襲った悲劇の謎を、ブラウン神父や亜愛一郎(ああいいちろう)に続く、令和の“とぼけた切れ者"名探偵が鮮やかに解き明かす。第10回ミステリーズ!新人賞受賞作を含む連作集。

ツイッターで評判がよくて気になった『蝉かえる』を読もうと買ってみたら実は『蝉かえる』は『サーチライトと誘蛾灯』の続編であると知り、慌ててこちらも購入してきました。
シリーズものは必ず1作目から順に読む主義なのです。
結果、やはり1作目から読んで正解だったなと思いました。


作者の櫻田智也さんは、表題作「サーチライトと誘蛾灯」でミステリーズ!新人賞を受賞したということで、つまりこの連作短編集がデビュー作になります。
さすがミステリ専門誌の新人賞を受賞しただけあって、デビュー作でありながら収録作5編のどれを読んでも安定したレベルの上質なミステリが楽しめるのが素晴らしいです。
期待の大型新人といったところでしょうか。
無類の昆虫好きで、虫に誘われて出かけた場所でなぜか数々の事件に遭遇してしまう若い男性が主人公かつ探偵役です。
問題はこの主人公の姓の「エリサワ」の「エリ」が機種依存文字でパソコンやスマホでは正しく表記できないことですね。
「エリ」は魚偏に入と書くのですが私はこれまで見たことがない漢字でした。
ですがそれが逆にインパクトがあってすぐに名前を覚えることができました。
このエリサワ、推理力や洞察力があって頭が切れることは間違いないのですが、鋭い推理を披露しても本人がとぼけた感じの人物なのであまりかっこよさがなく、主人公っぽさにも欠けています。
昆虫に関しては非常に詳しく嬉々として語るのですが、人とのコミュニケーションは苦手で友達も少なく、昆虫以外のことではなんだかとても頼りない人物です。
さらには職業も住まいも来歴もよくわからず、なんだかちょっと怪しさすら感じてしまいます。
この辺りの詳細なプロフィールに関しては続編で少しずつ明かされていくのかなと想像していますが、この1作目ではどうもつかみどころのない印象が否めません。
そんなとぼけた謎の人物であるエリサワと他の登場人物たちとの会話にユーモアがあって、殺人事件を扱っていてもあまり殺伐さや残酷さのない、読みやすい雰囲気の作品に仕上がっています。


ユーモア混じりで読みやすい雰囲気である一方、内容は最近の社会問題を取り入れていてけっこう堅い部分もありました。
例えば表題作「サーチライトと誘蛾灯」にはホームレス問題が描かれていますし、他にも環境問題や差別問題などが取り上げられています。
けれどもその社会問題に対して作者の主張が盛り込まれるということはなく、さらりと中立的な視点から描かれているのが押しつけがましくなくて却って印象に残りました。
エリサワの推理によって事件の真相が明らかになった後、つまり物語の結末はやるせない切ない雰囲気が漂うのも非常に好みでした。
収録されている5編はどれもよかったのですが、特に気に入ったのは「ホバリング・バタフライ」と「火事と標本」の2編です。
ホバリング・バタフライ」は冒頭に描かれる、丸江という女性の謎の行動に関する謎解きにまず引き込まれました。
そしてエリサワが丸江とともにある車を追跡し、その果てに遭遇する事件の結末も、丸江の人生の悲哀と重なってとても印象的でした。
「火事と標本」はエリサワが泊まった旅館の主人から、少年時代の火災事件について聞かされる話です。
宿の主人が語る少年時代の思い出は、ほろ苦くてノスタルジック。
エリサワの推理によって明らかになった火事に隠された謎とその真相は、なかなか衝撃的でもありました。
2編とも、どこか叙情的な雰囲気も感じさせる、静かな悲しみを湛えた読後感が素晴らしい作品でした。


ユーモアたっぷりだけれどそれだけではない、短編でありながら読みどころの多い物語に引き込まれました。
謎解きはシンプルですがしっかりミステリの面白さが味わえます。
何よりエリサワが何者なのか、それが一番気になる謎ですね。
その謎が少しでも解けることを期待して、続刊の『蝉かえる』を続けて読みます。
☆4つ。