tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『劇場』又吉直樹

劇場 (新潮文庫)

劇場 (新潮文庫)


高校卒業後、大阪から上京し劇団を旗揚げした永田と、大学生の沙希。それぞれ夢を抱いてやってきた東京で出会った。公演は酷評の嵐で劇団員にも見放され、ままならない日々を送る永田にとって、自分の才能を一心に信じてくれる、沙希の笑顔だけが救いだった──。理想と現実の狭間でもがきながら、かけがえのない誰かを思う、不器用な恋の物語。芥川賞『火花』より先に着手した著者の小説的原点。

又吉さんの本を読むのはこれがようやく2冊目。
それでも、又吉さんの文章が好きだなあと、つくづく思いました。
人間をじっくり観察して丁寧に描写していて、比喩表現も絶妙だと思います。
大阪在住の私にとっては、主人公の大阪弁も心地よく読める要素のひとつでした。
ついつい又吉さんのしゃべり方で脳内再生されてしまうのは、前作『火花』と同じですね。


今回は恋愛小説ですが、甘さがほとんどないところが又吉さんらしい気がしました。
永田と沙希の出会いからしてちょっと変わっていますね。
一応「ナンパ」ということになるのでしょうか……?
普通はこんな出会い方から恋は始まらないぞ、と思うのですが、特に劇的な盛り上がりも駆け引きもないままに恋が始まってあっという間に一緒に暮らし始める (というより永田が沙希のアパートへ転がり込む) ふたりに違和感はなく、あっさり受け入れてなぜか「そういうもんだよね」と納得している自分が我ながら不思議でした。
又吉さんが綴る物語には妙な説得力があると思います。
その後も特に大きな事件が起こるわけでもなくラブシーンらしきものもなく、淡々とふたりの暮らしが描かれていきます。
時が経つにつれて、沙希は大学を卒業して社会人となり、少しずつ永田と沙希の関係には変化が生じていきますが、一方で永田は最後まであまり変わらず、沙希のヒモのような生活を続けながら演劇の道を追い求め続けます。
その永田の「変わらなさ」が沙希との関係に決定的な「変化」をもたらすという皮肉な構造がなんとも切ない。
でも、こうなるしかなかったんだろうなあという感想しか出てこなくて、ほかの結末は想像しづらく、それはそこに至るまでのふたりの関係の描写に説得力があったからに他ならないと思うのです。
沙希のことが大切なのに理不尽な言葉をぶつけたり、本当の気持ちを素直に言葉にできなかったり、という若者にありがちな永田の不器用さは非常に共感できるものでしたし、いい歳の大人である私にはもどかしくも思えましたが、同時にいたたまれないというか、胸をチクチク刺されているような気持ちにもなり、これぞ青春恋愛小説の醍醐味といえるものをたっぷり味わいました。


とはいえ、恋愛だけではないのが本作のよさです。
永田が取り組む演劇については、取材をしたというだけあってとても丁寧に描写されています。
永田が高校時代の友人とともに立ち上げた劇団はあまり評判がよくなく、劇の内容は酷評されていますが、それでもめげずに自分が表現したいことを追求しようとあがく永田の姿は、『火花』の主人公である徳永に重なりました。
二作に共通するのは、創作すること、表現することの難しさです。
そして、それは紛れもなく又吉さん自身が日々感じておられることなのだろうと思います。
『火花』を読んだときに強く感じたのは、又吉さんのお笑いに対する真摯さ、誠実さだったのですが、同じものを本作でも感じました。
演劇も漫才も小説も、どれも創作という点では同じです。
ただただ純粋に真摯に創作と向き合い、自分が理想とする表現を突き詰めようという又吉さんの誠実さに感じ入りました。
ただ、どんなに真摯で誠実であっても、それが成功につながるとは限らないのが現実です。
思い通りにいかない現実にめげそうになる時に、自分のことを肯定し受け入れてくれる人の存在は、どんなに心強いことでしょう。
それが『火花』の徳永にとっては先輩芸人の神谷であり、この『劇場』の永田にとっては沙希なのですが、人間関係においても中心にあるのは創作なのだというところに、又吉さんの創作者としての「芯」のようなものがあると思いました。


本作の方が『火花』より先に書き始められたということですが、つまり『火花』より時間をかけてじっくり書かれた作品だということですね。
そのことが納得できる、派手さはなくとも堅実で丁寧な物語でした。
最新作は『人間』というタイトルだそうですが、これもまたきっと丁寧に「人間」を描いているんだろうなと想像できて、読むのが楽しみです。
☆4つ。




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