tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ブラックペアン1988』海堂尊

ブラックペアン1988(上) (講談社文庫)

ブラックペアン1988(上) (講談社文庫)


ブラックペアン1988(下) (講談社文庫)

ブラックペアン1988(下) (講談社文庫)


一九八八年、世はバブル景気の頂点。「神の手」をもつ佐伯教授が君臨する東城大学総合外科学教室に、帝華大の「ビッグマウス」高階講師が、新兵器を手みやげに送り込まれてきた。「スナイプAZ1988」を使えば、困難な食道癌の手術が簡単に行えるという。腕は立つが曲者の外科医・渡海が、この挑戦を受けて立つ。「チーム・バチスタの栄光」へと続く、原点。

チーム・バチスタの栄光』の20年前の世界が舞台。
若き日の高階院長や、まだ医学部生の田口、島津、速水らが登場し、シリーズの読者にとっては読みどころが多く楽しめる作品です。


やはり現役の医者である作者の手腕が一番発揮されるのは、医療の現場を舞台に医療そのものをテーマにした作品ですね。
この作品はまさに海堂さんの医師ならではのリアリティあふれる描写が存分に楽しめる作品です。
外科学教室内のさまざまな問題、権力関係、医療の現実が、研修医1年生の世良の目を通してまざまざと描き出されています。
生々しい手術の場面も、外科医が手術前に行う「手洗い」の様子も、研修医の業務内容も、素人の付け焼刃の取材では絶対に書けないであろう細部までしっかりと書き出せているのは、やはり海堂さんだからこそ、でしょう。
正直専門用語が多くてよく分からない部分も多いのですが、それでも苦痛に感じることなく最後まで一気に読めるのは、ストーリーの魅力と優れた筆力のおかげです。
専門用語で引っ掛かってしまうと先に進めませんが、なんだか難しいけどなんとなく勢いで読めてしまうところがこの作者の作品のすごいところだと思います。


実は血を見るのが怖いので手術の場面があるドラマや映画は苦手な私ですが、小説ならば手術の場面を連発されても大丈夫(自分の想像力に限界があるので…)なので、楽しみながら医療について考えるきっかけになりました。
この作品の舞台になっている1980年代当時はまだがん告知が一般的ではなかったというのを読んで、自分自身ががん患者になったら告知して欲しいだろうか、はたまた家族ががんになったら告知すべきなのか…といろいろ考えさせられました。
また、さまざまな理由によって、新たな医療技術の導入が妨げられることがあること、そしてそれによってさらなる技術の進歩も阻まれてしまうかもしれないことについても、この作品で問題提起されています。
医学の世界の体質や医師の資質などいろいろな問題があるのだと思いますが、ただ一つ大切にすべき原点は、「患者第一」。
1980年代でもすでに実践が難しかったこの理念、20年経った今はどうなのだろうか、やはり医療に関する問題は山積みで、大切なことがないがしろにされていないだろうか…と不安にもなります。
だからこそ、医療に関する問題は医療従事者だけでなく、全ての人が関心を持って協力して取り組んでいかなければならないのではないかと思いました。


内容はとてもよかったけれど、大して長い作品でもないのに上下巻の分冊にする必要があったのかな〜と、ちょっとその点については不満です。
まぁこの作者の作品ほぼ全部に言えることなのですが…。
☆4つ。