tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『真実の10メートル手前』米澤穂信


高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める。太刀洗はなにを考えているのか? 滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執――己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。「綱渡りの成功例」など粒揃いの六編、第155回直木賞候補作。

米澤穂信さんの初期の長編『さよなら妖精』の登場人物である、太刀洗万智が活躍する短編集です。
米澤さんの作品の中でも『さよなら妖精』が一番と言っていいくらいに好きな私には、たまらない1冊でした。


さよなら妖精』では高校生だった太刀洗ですが、本作では時が経ち、ジャーナリストとなって登場します。
さよなら妖精』で主人公の守屋に残酷な真実を突き付けるという、ある意味作中で一番つらい役目を担った太刀洗が、真実を追求し世間に広く伝える職業を選んだということが、意外なようにも自然なことのようにも感じられました。
本作の中で、太刀洗は記者として6つの事件 (とまではいかないものもありますが) に向き合います。
彼女は常に冷静に、丁寧で綿密な取材を行って真実に迫っていきます。
そうして明らかになる真実は、いずれもなかなかつらいものばかり。
決して楽しいといえるような仕事ではないのですが、それでも彼女がジャーナリストという職業を選んだのは、やはり『さよなら妖精』で描かれた過去のできごとも少しは影響しているのでしょうし、性格的にも合っているような気がします。


収録されている6作のうち、『さよなら妖精』のファンとしてうれしいのは、やはり「ナイフを失われた思い出の中に」でした。
太刀洗が取材する事件自体は『さよなら妖精』に全く関係のないものですが、『さよなら妖精』のある重要な登場人物につながる人物が登場します。
それが単なるファンサービスではなく、物語の主題とタイトルとに密接にかかわるものとしての登場であり、物語ラストのなんともいえない切ない感慨と深い余韻につなげられていることに感銘を受けました。
太刀洗と、外国からやってきた客の心によみがえる「失われた思い出」が読者の心にも同時によみがえる、すばらしい1作でした。
そのほか、「恋累心中」の事件の真相のやりきれなさは胸が悪くなるほどで強烈な印象を残す作品ですが、そんな事件に向き合うことを何度も繰り返してきたのだろう太刀洗のジャーナリストとしての軌跡がうかがえる話でもあります。
また、「名を刻む死」では、最後に主人公の少年に対し、強い調子で冷酷ともいえる言葉を投げかける太刀洗が印象的でした。
「無愛想」と言われるくらいの太刀洗が珍しく感情をあらわにしている場面で、でもそれは多感な少年のためを思ってのことなのだと思うと、太刀洗の人となりが際立つ1作です。
さらに、「綱渡りの成功例」での真実との向き合い方にも、太刀洗らしさは存分に表れているなと思いました。


そうした、ひとつひとつの独立した短編の中で少しずつ丁寧に描き出される太刀洗の人物像に、強く惹かれました。
一人称ではなく、他人の少し引いた視点から描かれているため、太刀洗の内面に踏み込みすぎていないところがよいですね。
直接的には描かれなくても、彼女がジャーナリストとして歩んできた道のりが十分に想像できますし、高校生の頃の面影を残しつつ大人になった彼女の魅力も存分に感じられ、懐かしい旧友に再会したような気分でした。
ミステリとしても、それほど大きな驚きはなくても、十分な意外性をはらんだ話が多く、読み応えがありました。
☆5つ。
うれしいことに、8月には太刀洗が活躍する長編『王とサーカス』も文庫化されるとのことです。
また太刀洗に会えるのが、本当に楽しみです。


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