tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ブレイズメス1990』海堂尊

ブレイズメス1990 (講談社文庫)

ブレイズメス1990 (講談社文庫)


この世でただ一人しかできない心臓手術のために、モナコには世界中から患者が集ってくる。天才外科医の名前は天城雪彦。カジノの賭け金を治療費として取り立てる放埒な天城を日本に連れ帰るよう、佐伯教授は世良に極秘のミッションを言い渡す。

海堂さんの「バチスタ」シリーズ、7月で完結するんですってね。
まだまだ長く続けるつもりのシリーズなのかなと思っていたので、ちょっとびっくりです。
この『ブレイズメス1990』はその「バチスタ」シリーズの番外編のような位置付け。
「バチスタ」シリーズより舞台となる時代が前なので、前日譚といったところでしょうか。
海堂さんの「桜宮サーガ」の世界が好きな人なら、存分に楽しめる作品です。


時はタイトル通りの1990年。
研修医の身でありながら、国際学会で発表する先輩医師に随行することになった世良。
しかし、彼の本当の任務は、東城大病院の病院長、佐伯からのある依頼が書かれた手紙を、とある人物に届けることでした。
その人物とは、「モンテカルロのエトワール(星)」と称えられる世界的に有名な心臓外科医、天城。
桜宮市に心臓外科専門の施設を設立するため、天城を東城大病院に招聘するというのが、佐伯の手紙の内容でした。
世良はなんとか天城を日本へ連れて帰ることに成功しますが、日本人離れした天城の言動に振り回される日々が始まります。


海堂さんの各作品とのちょっとしたつながりが次々に登場し、ファンサービスに富んだ作品ですが、残念ながら私はすべてのネタに感動できるほど内容を覚えていませんでした(苦笑)。
それでも、独立した作品としてもちゃんと楽しめるようになっているのが海堂作品の優れたところです。
今回は何と言っても新キャラの天城が素晴らしい存在感を示しています。
カジノで豪遊し、言動や立ち居振る舞いは気障、世界にたった一人だけと言える最高の心臓手術の技術を持つ医師でありながら、その手術を希望する患者には、全財産の半分を賭けさせ、カジノでの勝負に勝った者のみに手術を行う。
そんな軽くて不真面目そうなキャラクターなのですが、読んでいくうちに、医療に対して真剣に取り組んでいないわけではないらしいというところがだんだん見えてくるのがミソです。
高度な医療には金がかかる、最高峰の手術ができる医者の数も限られている―。
そうした現実問題を、ではどうやって解決するのか?
その答えの一つが、本作で天城がやってみせたような、一見無茶苦茶なやり方なのでしょう。
小説ならではの非現実的な部分もあり、患者の命とお金とを天秤にかけるような天城のやり方には、100パーセント同意はできないところはありますが、すべての患者が最高の治療を受けるのは不可能であるという現実の前に、天城の一見無茶で強引な主張も、ある程度の説得力を持って迫ってきます。
その説得力と、それでも払拭できない天城への反感から、それでは他にどんな手段があれば、より高度な医療をもっとたくさんの患者が享受できるようになるのだろうかと、考えずにはいられません。
それが作者の狙いなのかなぁと思いました。


時代背景が1990年、つまりバブルの真っただ中で、日本が空前の好景気のさなかであるという設定も、非常によく効いていると思います。
日本が世界一豊かな国となり、世界中の富が日本に流れ込んでいる状況にあって、いつかまた日本が没落する未来を予見していた人たちがこの作品には何人か登場します。
余裕のある時代にこそ、未来のための投資が適切に行われていれば、医療が日本を支える時代は到来可能だったのに、という作者の嘆きが聞こえてくるようです。
現実にはそうならなかった、だからこそこの作品はある意味でのファンタジーとして楽しめるのかもしれません。


なんにせよ、一つの目標に向かって突き進む人たちの物語は痛快で楽しいものです。
ぜひこの物語のもう少し先、天城が「スリジエハートセンター」を設立し、実際の業務が始まる話も読んでみたいです。
☆4つ。