tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ

そして、バトンは渡された (文春文庫)

そして、バトンは渡された (文春文庫)


幼い頃に母親を亡くし、父とも海外赴任を機に別れ、継母を選んだ優子。その後も大人の都合に振り回され、高校生の今は二十歳しか離れていない“父”と暮らす。血の繋がらない親の間をリレーされながらも出逢う家族皆に愛情をいっぱい注がれてきた彼女自身が伴侶を持つとき―。大絶賛の本屋大賞受賞作。

瀬尾まいこさんの本屋大賞受賞作が文庫化されました。
瀬尾さんの作品は特に劇的な展開もなく、どちらかというと地味な物語が多いのですが、そういう世界観が多くの人に支持され、本屋大賞の受賞に至ったというのはとても素敵なことだと思います。
波乱万丈ではなくとも、どんな普通の人の人生も物語になり得るのだと思えるからです。


ただし、本作の主人公・優子は、それなりに波乱万丈な人生を歩んでいる真っ最中だといえるかもしれません。
生みの母とは死別し、父はブラジルに赴任して生き別れに。
父の再婚相手である女性とともに暮らすことを選んだ優子は、その2人目の母の離婚と再婚により、さらに2人の父親を得ることになります。
高校生になるまでに2人の母親と3人の父親に育てられることになったわけで、複雑な家庭環境であることは確かです。
けれども、優子は決して不幸ではありません。
それは、どの父母も、優子に目いっぱいの愛情を注いでくれる「いい親」だったから。
年齢のわりに達観したところがあるのは生育環境のせいに違いありませんが、一般的に見ても優子はとても「いい子」だと思います。
人を思いやる優しさがあって、真面目な頑張り屋さん。
育ての親が替わっても、自分は愛されているという確かな実感が常にあったため、精神的に歪む余地も何もなかったのでしょう。
親子は血がつながっていなければならないとか、親の離婚は子を不幸にするとか、家庭環境が複雑だと子の成長に悪影響があるだとか、そんなものはただの偏見や思い込みでばかばかしいと笑い飛ばすようなパワーが物語からあふれ出しています。
だから、読んでいるとなんだか次第に元気がわいてくるのです。


5人の父母がそれぞれ生活レベルも性格も全然違っている、というのも優子にとってはきっといい方向に働いたのだろうと思います。
その日の食事に困るような貧乏生活も、家政婦さんがいるような裕福な生活も、どちらも経験したからか、優子にはしっかりした生活力が身についていますし、他者に対する視点や接し方もフラットで偏見が少ないように思います。
そんな優子が結婚相手に選んだ男性がまた面白いのです。
あまり堅実なタイプではないというか、3人目の父親にははっきりと「風来坊」と呼ばれて結婚を反対されてしまうような相手ですが、しっかり者の優子には伴侶として相性がいいのではないかと思えます。
しかも、この男性が3人目の父親に「そっくり」だと第三者から評される場面があるのですが、これも面白いなと思いました。
意識せずとも似た人を選んだということは、血がつながっていなくても、父親というにはかなり若い人であっても、優子にとっては間違いなく「父親」だったのだと、印象付けるようなエピソードです。
5人の父母からたっぷりと愛情を注がれた優子が、育ての父の手から、そっとバトンを渡されるように彼女自身の伴侶のもとへと旅立つラストは、幸福感とあたたかい光に包まれていて、優しい涙があふれました。


音楽とおいしいごはんが物語の要所要所でさりげなく、けれども印象的に描かれるのも読みどころですね。
思えば瀬尾さんの作品はたいてい大事な場面で音楽が流れ、登場人物たちが食卓を囲むのです。
時に離れたり消えたりして人間関係にはいろいろあるけれど、心に響く音楽とおいしい食べ物があれば、人生は大体なんとかなる。
瀬尾さんが描くそんな世界が大好きで、本作にはその大好きな要素がぎっちり詰まっていて、やっぱり瀬尾さんの作品はいいなあと、心から満足し気持ちよくなれた読書でした。
☆5つ。