tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

2024年2月の注目文庫化情報


春が待ち遠しい寒さが続きます。
なぜか最近ちょっとバタバタ気味ですが、読書の時間はしっかり確保したいところです。


さて、2月はあまりこれといった新刊はないのですが、寺地はるなさんの作品はまた読んでみたいなぁ。
道尾さんのはなんだか怖そう?
ホラー寄りのミステリでしょうかね、ホラーは苦手なのですが道尾さんのミステリは好きなので読もうか迷うところです。
今ある積読の片付き具合でどうするか考えます。

『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ / 友廣純 (訳)


ノース・カロライナ州の湿地で男の死体が発見された。人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。6歳で家族に見捨てられたときから、カイアは湿地の小屋でたったひとり生きなければならなかった。読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、彼は大学進学のため彼女のもとを去ってゆく。以来、村の人々に「湿地の少女」と呼ばれ蔑まれながらも、彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニの鳴くところ」へと思いをはせて静かに暮らしていた。しかしあるとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に近づく……みずみずしい自然に抱かれて生きる少女の成長と不審死事件が絡み合い、思いもよらぬ結末へと物語が動き出す。

最近は翻訳小説も積極的に読んでいこうという気持ちが生まれてきて、まずは話題作から、と思って手に取ったのがこの作品。
原作小説も映画もそれぞれSNS上で話題になっていたので、タイトルが頭に残っていたのです。
読む前とはちょっと違った印象を抱かせる作品でしたが、翻訳小説ならではの異国の香りと味わいをたっぷり満喫しました。


本作は複数のミステリランキングにランキングされていたのでミステリという印象が強かったのですが、実際に読んでみるとミステリという枠に当てはめてしまうのはもったいないと感じました。
殺人事件らしきものが起こるミステリで、フーダニットに分類できるのは確かです。
思いもよらないところに着地する結末には驚かされもしました。
けれども、ミステリ要素は本作のほんの一側面に過ぎません。
ノースカロライナ州の湿地で孤独に生きる少女の成長譚でもあるし、その湿地に生きるさまざまな生命を動物学者の視点で生き生きと描き出す自然科学小説でもあるし、1960年代から70年代にかけてのアメリカにおける差別を描いた社会派小説でもあるのです。
そして、そのどの側面もが本作にとって欠けてはならない大切なパーツで、そのすべてが本作の読みどころであることに感銘を受けました。
これだけ様々な要素を盛り込んでも話がとっ散らからないのは、作者が描きたいことの芯がしっかりしているからでしょう。
幼い頃に次々と家族に去って行かれひとりになってしまう主人公のカイアの運命が気になってどんどん読まされるし、湿地の自然や生き物の描写については専門家の視点が存分に生かされていて、行ったことも見たこともないはずの場所の風景が頭の中に自然に浮かび上がってきます。
アメリカ社会における差別が苛烈であったことは知識としては知っていたつもりでしたが、有色人種に対する差別のみならず、同じ白人の中でも階層が存在していて、カイアが属する白人貧困層が「ホワイト・トラッシュ」として侮蔑されていたことについては知らなかったことが多く目を開かされた思いでした。


「湿地の少女」として町に住む人々からは蔑まれ、軽視されていたカイアは、母が去り、きょうだいが去り、最後には父も去って一人きりになっても、ほとんど何の公的援助も受けることができず、自分で湿地の貝を掘ってそれを売ることで何とか生きていきます。
そのたくましさには舌を巻きますが、一方で社会の冷淡さには心が痛み、憤りさえ抱きました。
けれども、黒人の商店主が助けてくれたり、幼なじみで初恋の相手でもあるテイトから文字の読み書きを教わり、生物学に関する専門的な本も読んでほぼ独学で知識と教養を身につけ、やがてはテイトの支援で湿地の貝や鳥についての本を出版して自立していくカイアの強さと優秀さには快哉を叫びたくなります。
彼女のことを学がなく常識もない卑しい貧乏人だと馬鹿にしていた町の住人たちの誰も足元に及ばないほどに、湿地の生物の専門家としての実績を積んで自力で生き抜くカイアは立派であり、痛快な気持ちになりました。
だからこそ、湿地の火の見櫓から転落して死亡した裕福な家庭出身の青年・チェイスの殺人犯としてカイアが裁判にかけられる後半の展開にはハラハラし通しでした。
テイトとの恋は実らず、その後恋仲になったチェイスにも裏切られたカイア。
職業的に成功した彼女が、愛情や家族に関しては報われないままというのはなんとも悲しい……と思っていたら、そちらの方も裁判の結末とともに少々意外な結果を迎えます。
そして、本当の驚きはその後、最後の最後に訪れるのですが、カイアの恵まれない境遇に心を痛め、寄り添っていた読者をも突き放すような真相に唖然としました。
決して気持ちのいい結末というわけではないのですが、結局カイアは最後まで「湿地の少女」だったのであり、誰をもその奥深くまでは踏み込ませなかった孤高の人だったのだなぁと思うと、どこかすっきり納得できたのも事実です。


最初から最後まで読みどころが多く、学ぶところも多い作品でした。
翻訳小説ならではの読みにくさも少し感じはしたものの、外国の作品だからこそ感じられるもの、得られるものがたくさんあり、読んでよかったと心から思います。
本作の映画版はリース・ウィザースプーンが製作を手がけ、原作を読んで感銘を受けたテイラー・スウィフトが主題歌を書き下ろしたことでも話題になりましたが、そちらもぜひ観てみたくなりました。
☆4つ。

『その扉をたたく音』瀬尾まいこ


ミュージシャンの夢を捨てきれず、親からの仕送りで怠惰に暮らす、29歳無職の宮路。ある日、余興の時間にギターの弾き語りをするために訪れた老人ホーム・そよかぜ荘で、神がかったサックスの音色を耳にする。演奏していたのは年下の介護士・渡部だった。「いた、天才が。あの音はきっと、俺を今いる場所から引っ張り出してくれる」――神様に出会った興奮に突き動かされ、ホームに通うようになった宮路は「ぼんくら」と呼ばれながらも、入居者たちと親しくなっていく。人生の行き止まりで立ちすくんでいる青年と、人生の最終コーナーに差し掛かった大人たちが奏でる感動長編!

瀬尾まいこさんの作品はいつどんな時でも気持ちよく読めるのがいいですね。
疲れている時でもサクッと読めて心を癒してくれます。
今回は高齢者施設が舞台という変化球的な音楽小説です。


宮路は29歳ですが、大学卒業後も就職活動をせず、音楽で食べていきたいという夢を抱いて毎日ギターをかき鳴らすだけの日々を送っています。
アルバイトすらせず無職でも生きていけているのは、実家が裕福で毎月20万円の仕送りをしてくれるから。
正直なところ、なんて恵まれた甘ちゃんなんだ!と思わずにはいられませんでした。
しかし、宮路ももちろん29歳にもなれば、自分に少なくともプロのミュージシャンとしてやっていけるような才能などないことには気づいていて、なんとなくこのままではいけないという気もしているのです。
そんな時にそよかぜ荘という老人ホームのレクリエーションの時間にギター弾き語りをすることになった宮路は、そこで運命の出会いを果たします。
それはそよかぜ荘で介護士として働く年下の青年、渡部。
彼のサックスの音色に心を揺さぶられた宮路は、再び彼の演奏を聴きたいとそよかぜ荘に出入りするようになります。
居住者の高齢者たちに買い物を頼まれたり、ウクレレを弾けるようになりたいおじいさんの講師役を引き受けたりしているうちに、渡部と友達になり一緒にセッションをしようと約束するのですが、もちろん彼らのステージはそよかぜ荘で、聴衆はおじいさんおばあさん。
途中、高齢者相手だからこそのトラブルにも見舞われますが、宮路と渡部のコンビは無事に演奏当日を迎えます。


物語前半こそ、なんて甘ったれているんだとあきれながら読んでいた宮路の印象は、読み進めるにつれてどんどん変わっていきます。
彼は基本的に真面目で、細やかな気配りもしっかりできる人なのです。
そよかぜ荘の住人たちに買い物を頼まれれば、適当に目についたものを買うのではなく、何を買っていけば依頼者にとって一番いいかを自分なりに考えます。
「面白い本」を頼まれた時などは10冊購入して自分で全部読んでセレクトするという、実の子どもや孫でもそこまでしないだろうというマメさを見せます。
いくら無職で暇だからといっても、普段本を読まないという人がなかなかそこまでできるものではないでしょう。
おじいさんからウクレレを弾けるようになりたいと言われた時には、自分も初心者用のウクレレを購入してひととおり弾けるように練習し、おじいさんに合いそうな曲の楽譜も準備していくという、これまたいくらギタリストだからといってもそこまではなかなかやらないだろうという真剣さで見事な講師ぶりです。
宮路は恵まれた家庭で生まれ育った甘ちゃんですが、それだけに育ちはいいのでしょう。
まっすぐ素直に育ってきたのだなあと思わせる人柄が宮路の一番の魅力です。
社会人経験がないだけにまだ子どもっぽい部分が残っているのは否めませんが、それもそよかぜ荘に通い、渡部や高齢者たちと交流していくうちに少しずつ変わっていきます。
何しろ相手が人生の最終段階に差し掛かった高齢者なだけに、若者相手とは勝手が違います。
つらい出来事にも遭遇しながら、やっとたどり着いた渡部のサックスとの共演のステージは、宮路が夢として思い描いていたものとは相当かけ離れていたはずですが、文句ひとつ言うことなくただただ音楽と目の前の聴衆たちに真摯に向き合う宮路の姿に心打たれました。


社会人経験はなくとも、真面目で気が利いて優しい宮路にはきっと合う仕事が見つかるよと、安堵するような応援するような気持ちで心地よい読後感を味わいました。
登場するちょっと懐かしい名曲の数々がそんな物語を優しく彩っています。
ところで、瀬尾まいこさんファンの読者は、「渡部」「サックス」というキーワードにピンとくるものがあるかもしれません。
そう、本作に登場する渡部は、『あと少し、もう少し』に登場する渡部と同一人物です。
『あと少し、もう少し』では吹奏楽部から陸上部に借り出されて駅伝を走っていた渡部が、本作では大人になって介護士として立派に働いているのだから、読者としてはその成長ぶりにも感動しました。
『あと少し、もう少し』のスピンオフとしては『君が夏を走らせる』もあり、これもとてもよかったので、また別の人物が登場する新たなスピンオフが読めるといいなと期待しています。
☆4つ。




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