tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ナイルパーチの女子会』柚木麻子

ナイルパーチの女子会 (文春文庫)

ナイルパーチの女子会 (文春文庫)


商社で働く志村栄利子は愛読していた主婦ブロガーの丸尾翔子と出会い意気投合。だが他人との距離感をうまくつかめない彼女をやがて翔子は拒否。執着する栄利子は悩みを相談した同僚の男と寝たことが婚約者の派遣女子・高杉真織にばれ、とんでもない約束をさせられてしまう。一方、翔子も実家に問題を抱え―。友情とは何かを描いた問題作。第28回山本周五郎賞&第3回高校生直木賞を受賞!

柚木麻子さんはこれからどんどん読んでいきたいと思っている作家さんのひとりです。
女性の描き方がいいんですよね。
客観的で冷静な視点でありながら、突き放すような冷たさはなく、どちらかというとあたたかみを感じさせるところに好感が持てます。
本作も女性たちの描き方が印象的で、強いインパクトがありました。


かつて父も勤務していた国内最大手の商社の営業職として働くエリートキャリアウーマンの栄利子。
ぐうたらな生活をつづったブログでそこそこの人気を得て、書籍化の話が出始めた主婦の翔子。
対照的なふたりのアラサー女性の共通点は、女友達がいない、ということでした。
以前から翔子のブログの熱心な読者だった栄利子は、偶然翔子に出会い、知り合ったことで、ようやく「親友になれそうな人」と巡り会えたと舞い上がり、ますます翔子本人と翔子のブログに執着するようになっていきます。
その様子は翔子のストーカーともいえるレベルで、どう見ても常軌を逸しており、第三者の視点から見れば狂っているとも思えるほどです。
けれども栄利子としては、ただただ自分の理想の友達像に翔子を当てはめたいだけで、別に精神を病んでいるというわけでもないのが、怖くもあり、哀れでもあるところです。
自分の気持ちばかりが先走って、だんだん暴走していく栄利子にハラハラしながら読み進めていくと、彼女には女友達がいないだけでなく、男性ともうまくいかないようだし、親との関係も決していいとはいえないのではないかということが分かってきます。
つまり、人間関係全般において、うまくいかない人なのです。
そしてそれは、翔子も同じです。
友達もおらず、家族とも疎遠になり、唯一心を通わせ安らげる存在であるはずの夫に対しては、裏切り行為を働いてしまいます。
「女友達」というところに焦点を当てながら、他の人間関係をも描いていくことで、一見極端なように見える栄利子も翔子も、実は特別な存在ではなく、誰もが共感できる側面を持った人物であることが浮かび上がってきます。
あらゆる人間関係において全く問題なくうまくいっている人など、ほとんど皆無でしょうから。


そして、私が一番ハッとさせられたのは、一般的に「女は怖い」「いい年をして『女子』でいたがる」と言われるような女性の「悪い部分」は、実は男性にも当てはまるのではないかということでした。
栄利子の同僚・杉下は、「女は怖い」と言い、女性を見下している一方で、女なしでは生きてはいけない男として描かれています。
同じ職場の派遣社員の恋人がいるのに、これまた同じ職場で働く栄利子と平気で浮気もする、不誠実で大胆不敵な男である杉下に、「男は怖い」という印象を抱く人も多いのではないでしょうか。
また、物語終盤において、翔子の夫である賢介は、「男として衰えていくことが怖い」ということを翔子に告白します。
いつまでも「女子」でいたがる女性は確かに痛々しいかもしれませんが、では男性は自らの老いにきちんと向き合えているのかというと、そんなことはないというのも事実なのでしょう。
自分が男として、あるいは女としてピークだった、その頃の輝きを失いたくないという切実な願いは、性別には関係ないものなのだと思います。
男も女も根っこに抱える悩みや願望は同じと思えば、お互いにもっと分かり合え、共感し合えるのかもしれません。


女同士の特殊な関係を描いているのかと思いきや、男性を含め、広く人間関係について描かれていて、非常に読み応えがありました。
題材的に女性向けの作品のように思えますが、男性が読んでも共感できる部分はあるだろうし、ぜひ読んでみてほしいなと思います。
また、巻末の解説で重松清さんも書かれているように、本作が「高校生直木賞」を受賞したというのが面白いですね。
最近の読書好きの高校生はこういう作品を読んで、高く評価するのかと、感心してしまいました。
まだ狭い人間関係しか持たない若いうちに、こうした人間関係を描いた作品を読むのはいいかもしれません。
☆4つ。

『羊と鋼の森』宮下奈都

羊と鋼の森 (文春文庫)

羊と鋼の森 (文春文庫)


高校生の時、偶然ピアノ調律師の板鳥と出会って以来、調律に魅せられた外村は、念願の調律師として働き始める。ひたすら音と向き合い、人と向き合う外村。個性豊かな先輩たちや双子の姉妹に囲まれながら、調律の森へと深く分け入っていく―。一人の青年が成長する姿を温かく静謐な筆致で描いた感動作。

本屋大賞を受賞したり、キノベス1位になったりと、高く評価された作品です。
ベストセラーを嫌う向きもありますが、高評価だったり人気が高かったりする作品はやはり面白いんですよね。
本作もそんな期待を裏切らない素晴らしい作品でした。


主人公・外村は駆け出しのピアノ調律師
彼が先輩調律師やお客さんたちからさまざまな刺激を受けながら、一人前の調律師を目指してひたすら地道な努力を重ねていくという物語で、特に大きな事件や出来事が起こるわけではない、どちらかというとかなり地味な話です。
それでも非常に胸に響く物語で、最終盤は特に劇的な何かがあるわけでもないのに涙が出そうになりました。
文章は淡々としていて、感情が抑えられた、静かな雰囲気なのですが、それが意外にも読者であるこちらの想像力をかきたて、感情を揺さぶられたように思います。
上記に引用した紹介文の「静謐な筆致」というのがまさにそのとおりなのですが、静謐といっても全くの無音というわけではなく、外村が生まれ育った家の近くの森の木々や草むらが立てる音や、調律師たちが心を込めて調律したピアノの音色がひそやかに流れ込んでくるような、そんなイメージを抱かされる文体でした。
主人公の外村がまたそんな文体にぴったりの、落ち着いていて物静かな印象の青年で、器用ではなくとも誠実で真面目な人柄が文章を通じてまっすぐに伝わってきて、読み始めてすぐに好感を持つことができたのも、ピアノの調律という私にはなじみのない題材の物語にすんなり入りこむ助けになったと思います。


そのピアノの調律ですが、なんとも奥深い世界だなぁと、読みながら感心しっぱなしでした。
単に音程を合わせるだけではなく、「いい音」が鳴るようにしなければならないわけですが、そもそも「いい音」とは何なのかがはなはだ曖昧です。
人によってどんな音が心地よく感じられるかはそれぞれでしょうし、ピアノが弾かれる場所や環境も大いに影響してくるはずです。
そんな明確な答えのない問いに向かって、ひたすら努力と修練を積み重ねるしかない調律師という職業は、職人といっていい種類の仕事だなと思いました。
自分の実力のなさを自覚しながら、どんな調律をしたいのかも分からぬまま、悩んでもがいて、それでも少しずつ前進していく外村の姿は、駆け出しであってもやはり職人の雰囲気をまとっています。
それでいて、どんな分野であれ新人のうちは誰でも似たような道を通るのですから、普通のお仕事小説として若い頃の自分と重ねあわせて共感できるというのも本作の大きな魅力です。
調律師と客という関係で出会ったふたごの姉妹と外村が、ピアノを挟んで少しずつ親しくなっていき、お互いがお互いの成長するための刺激になっていく過程も非常にさわやかで、一種の青春小説としても読めます。
決してボリュームがあるわけではないのに、とても豊かな広がりを持つ物語だったのはうれしい予想外でした。


ひさしぶりに、とてもいいお話を読めたなぁと大きな満足感に浸ることができました。
あっという間に読んでしまって、もっとこの物語の世界の中にいたかったと残念に思ったくらいです。
慌ただしい毎日にそっと安らぎを与えてくれるような、気持ちのよい読書ができました。
☆5つ。

『透明カメレオン』道尾秀介

透明カメレオン (角川文庫)

透明カメレオン (角川文庫)


ラジオパーソナリティの恭太郎は、素敵な声と冴えない容姿の持ち主。バー「if」に集まる仲間たちの話を面白おかしくつくり変え、リスナーに届けていた。大雨の夜、びしょ濡れの美女がバーに迷い込み、彼らは「ある殺害計画」を手伝わされることに。意図不明の指示に振り回され、一緒の時間を過ごすうち、恭太郎は彼女に心惹かれていく。「僕はこの人が大好きなのだ」。秘められた想いが胸を打つ、感涙必至のエンタメ小説。

道尾秀介さんの作品ではいつも「嘘」が効果的かつ印象的に使われています。
本作も例外ではありません。
作家生活10周年を記念して書かれたというだけあって、これまでの道尾作品の総括となるような作品でした。


本作にはたくさんの嘘が描かれます。
主人公のラジオパーソナリティー・恭太郎からして嘘まみれです。
担当するラジオ番組でしゃべっている内容も嘘ばかり。
声は美声なのに、容姿はビン底メガネにちんちくりんで、かっこ悪いと言い切ってしまってもいいくらいに冴えない、というのも、本人が意図したわけではなくてもある意味「嘘」の一種に分類してもいいかもしれません。
見た目だけではなく、ひきこもり歴があったりして中身の方もどちらかというとへたれなのですが、だからこそ顔が見えない「声のみ」のラジオパーソナリティーという職業が合っているのでしょう、嘘の話を語って、現実の自分とは違う自分を作り出すことに完全に成功しているところが面白いです。


そんな恭太郎が自分のファンだという女性、恵 (けい) と出会い、彼女が企てるある計画に巻き込まれていくのですが、恵という人物に関しても、恵の計画の内容についても、これまた嘘だらけであることが徐々に分かっていきます。
さらには、恭太郎とともに恵の計画に協力する、恭太郎の行きつけのバーのママや常連客たちに関する嘘も終盤にかけて明らかになります。
「嘘をつく」というのはよくないことだ、というのが一般的な価値観だと思いますが、本作に登場するたくさんの嘘は、そのほとんどが悪だと責める気にはならないようなものです。
起こってしまったことに対して、「~~だったらよかったのに」「~~すればよかった」と悔やんだり悲しんだりすることは誰にでもあることでしょう。
恭太郎たちの嘘は、そんなどうにもならない思いから脱して、前へ進むための嘘なのです。
どうしたって変えることのできない過去と折り合いをつけようとする彼らの姿が、胸を打ちました。
「嘘も方便」などといいますが、それ以上にポジティブな意味を持つ嘘を、見事に描き切った物語でした。


ミステリ度は低めながら、伏線の張り方とその活かし方にミステリ作家らしさも垣間見られ、道尾さんの作品を初期から読んできた人も楽しめるのではないでしょうか。
何より心地よい読後感がとてもよかったです。
道尾さんが次にどんな嘘を見せてくれるのか、また楽しみになりました。
☆4つ。