tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『私に似た人』貫井徳郎

私に似た人 (朝日文庫)

私に似た人 (朝日文庫)


小規模なテロが頻発するようになった日本。実行犯たちは実生活では接点がないものの、一様に、冷たい社会に抵抗する“レジスタント”と称していた。テロに関わらざるをえなくなった、それぞれの人物の心象と日常のドラマを精巧に描いたエンターテインメント大作。

小規模なテロが日常化し始めた日本を舞台に、テロ事件の周辺にいる人々を描いた連作短編集です。
各短編に共通して登場する人物もいますが、主人公はすべて異なり、テロに遭遇した人、テロを起こす人、テロをそそのかす人、テロ犠牲者の身内、などなど、さまざまな人々のさまざまな視点から多角的に描いています。
登場人物は多いですが、短編ひとつひとつが程よいボリュームで読みやすく、人間関係もつかみやすくなっており混乱することはありません。
リーダビリティの高さはさすがの貫井作品クオリティですね。


テロが頻発する日本、というとなんだか非現実的な話のようにも思えますが、作品を読んでいるとかなりのリアリティをもって書かれていて、これは実際に起こり得るかもしれない、と思うようになっていきました。
この作品で描かれるテロは、海外で起こっているような人種や宗教がらみのものではなく、日本人が日本社会に不満を持って起こしています。
非正規雇用ワーキングプアといった、現実に今の日本で社会問題となっているようなことに絡んで、インターネット上で自分の境遇や社会の状況に不満を持つ人々が集まって議論するうちに、「レジスタント」と名乗るテロリストとなっていく。
確かに格差が拡大しつつあるという今の日本で、社会に不満を持ちつつも打開策もなく行き詰まり感を感じている人は、多数派ではないにしろ、そう少なくないのではないかと思えます。
そして、もしそうした人々の不満を巧みに利用して、事件を起こさせようと画策するずる賢い人間が出てきたら。
大きな組織を作って入念な計画の上で大規模テロを起こす人々が出てくるとは現在の日本では考えづらいですが、本作で書かれているようなほぼ個人レベルでの小規模なテロなら十分に起こる可能性がある、そう感じて少し怖くなりました。
小規模だろうがテロはテロです。
いかにテロ犯が恵まれない境遇にあったとしても、同情の余地があったとしても、被害に遭った方はたまったものではないし、許されるものではありません。
テロ犯の視点から書かれた一編もありましたが、やはり私としては共感はできず、そのことに少しホッとしました。


貫井さんはミステリ作家なので、この作品にもしっかりミステリ要素が盛り込まれています。
それは、テロを使嗾 (しそう、と読みます。この言葉、この本で初めて知りました) する黒幕「トベ」の正体をめぐる謎です。
わりあい早い段階で「トベ」の存在が明かされ、しかも逮捕されるのですが、その「トベ」は本当の黒幕ではなく、いわば親玉の「トベ」が別にいるのだという展開になります。
こうなったらその真の黒幕とは一体どんな人物で、どんな動機でテロを起こさせているのかと気になって仕方ありません。
ただ、途中の展開から、「トベ」の正体は結局明かされず不気味さだけを残して終わるのではないかというような気がしていたので、最終話になって思いもよらない正体が明らかになった時には驚きました。
連作短編集という形式を活かした、ちょっとした仕掛けがあったのですが、それほど大きな仕掛けではないのにまんまと引っかかってしまったことがちょっと悔しかったです。
でも「あー、なるほどそうだったのか」と思わされるのがミステリの一番の楽しみですね。
ミステリ性重視の作品ではないので本当に小さな仕掛けなのですが、ちゃんとミステリとしての楽しさも味わえて、さすが貫井さんだなぁと思いました。


社会派で重めのテーマながら読みやすく、また後味の悪い作品が多い貫井さんにしては読後感も悪くなくてよかったです。
ちょっと結末があっさりしすぎな気もしますし、もう少しテロについて掘り下げてもよかったんじゃないかとも思いましたが、小説としての満足度は高めの良作でした。
☆4つ。